interview
聞きたい
【昭和高校球児物語-前高 完全試合のキセキ-▶︎25】
高校2年-春2
2023.03.21
生徒を巻き込む天才、中曽根先生
4月になり新学年、新学期。川北は2年1組となった。担任は学年主任でもあった化学の中曽根基先生。おおらかでいつも笑顔の方だった。川北たちと同学年の娘さんがおられ、渋川女子高校で新体操の美人&優秀選手として活躍していた。
教室清掃時間に一生懸命清掃をする生徒は皆無なのが普通であったし、清掃時間に先生が教室に来ることなどなかったのだが、中曽根先生はいつも満面の笑顔で教室に来た。
「ほら~そうじしろ~。ほれほれ、そうじそうじ~。みんなでやればすぐに終わるぞ~」
みなを巻き込むのが大変お上手だった。生徒も先生のお人柄からか自然と掃除に動いていた。人を動かすことの奥深さ、尻を叩くだけが教育ではないなと感じいるものがあった。
飄々とした独特の感性の石井
野球部では石井彰が同じクラスであった。石井はライトの定位置を3年生の樋澤一幸と六分四分くらいで分け合って出場していた。外野守備、肩も抜群で、生来の外野手であった。腕の良く伸びた投球フォームで、たまに投手を務めることもあった。
骨格も肩幅が広く立派なものであったが、どういうわけか筋肉や脂肪が付かなかった。女性からすると羨ましい限りだろうが、ヒョロヒョロしているといってよかった。
部員からは、「イシイ!」「イーさん」「イシイ爺さん」と呼ばれていたが、面倒見の良い石井の母親が名前で「アキラ!」と呼んでいることをみな知っており、相澤雄司や堺晃彦が石井の母親をまねてそうも呼んでいた。
どちらかというと飄々としたマイペースのプレーヤーであり、物の見方、感じ方に独特の感性を持っていた。
試合に出掛けて伊勢崎駅のホームで電車を待っている際に石井が駅名看板を見て、こうつぶやいた。
「伊勢崎ってローマ字で書くとアイで始まってアイで終わるんだー。何かみっともないと言うか格好悪いよなあ~」
その場にいた全員が「イシイだってそうだろ!」と突っ込んだのだが、「ああそうか。おーそうだ」とどこ吹く風であったりした。
石井が緊張したり、あがったりしていると思うような場面は一切なかったはずである。いつも独特の風に吹かれていた。
鬼気迫るエース小出に怪我か
春季県大会は新学期とほぼ同時に始まっていた。マエタカ部員は秋季の優勝校ではあったが、正直なところ「連覇」意識は皆無だったと思う。1年生を除いて。
そこは自分たち及び他校の力を勘違いしてはいなかった。上手くいけばの可能性を否定はしないが、そういつも、いつもうまくいくはずもないと思っていたのだった。
春季大会メイン会場、高崎城南球場でベスト16の激突となった。相手は前橋育英高校。この学校は川北の家からそう遠くなく、通学路の途中にあった。小学校の同級生だった中村義寛君の家が理事長を努める私立の学校でもあった。
後に夏の甲子園での全国制覇、高校サッカー、駅伝などでも全国レベルで有名な高校となるが、当時はまだまだ「スポーツがそこそこ強く、侮れない…」くらいの学校であった。
この試合の中盤の小出昌彦の投球は鬼気迫るものがあった。6、7人を連続三振に仕留めたと思う。直球の走りと切れが物凄かった。
この時の中盤の投球が小出のベストピッチだったのではないか。残念ながら敗戦してしまうのであるが、中盤の連続奪三振時はゾーンに入っていた。
それ以外は四死球、被安打も。また恐らくこのときに小出はどこかを痛めたのだと思う。その後詳細は聞いておらず分からないが、小出の登板はこの後減って行き、川北と同級生の松本稔が登板する頻度が増えたのだ。
夏の大会終了後の挨拶で小出が、「怪我をしてしまって…。投げられなくて…」と泣き崩れたことから、やはりこの試合かどこかで、どこかを痛めたのだろうと今でも思っている。
思いのほかあっけなく春季大会は敗れ去ることとなったが、夏に向けて万全の準備期間が取れたと監督、OB諸先輩、顧問の先生方は思ったことだろう。
なんせ秋季大会は県を制覇しているのだ。もう一度やり抜けば、甲子園は届かない夢ではない。また、昨春のように春季大会で出し尽くして疲弊し切ったわけでもない。
小出の件は気になるがまだ時間がある。そんなリベンジへの期待感に比例して、練習の密度は上がっていくのであった。
かわきた・しげき
1960(昭和35)年、神奈川県生まれ。3歳の時に父親の転勤により群馬県前橋市へ転居する。群馬大附属中-前橋高―慶応大。1978(昭和53)年、前橋高野球部主将として第50回選抜高校野球大会に出場、完全試合を達成する。リクルートに入社、就業部門ごとMBOで独立、ザイマックスとなる。同社取締役。長男は人気お笑いコンビ「真空ジェシカ」の川北茂澄さん。
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