interview
聞きたい
【昭和高校球児物語-前高 完全試合のキセキ-▶︎17】
高校1年秋-2
2023.03.11
殺気立ったタカタカとの定期戦
9月に入ると県の秋季大会が始まり、新マエタカは手堅く勝ち進めた。
同時並行して、マエタカにとっては毎年の一大行事である対タカタカ定期戦も始まった。
この前橋高校と高崎高校の学校対抗戦は当時、TBS深夜ラジオの超人気番組、金曜日のパックインミュージック(野沢那智・白石冬美の通称「なっちゃこパック」)で取り上げられていた。投稿葉書で盛り上がっていたこともあり、全国的にも有名だった。
対抗形式は大きく分けると運動部対抗と一般対抗の二つ。運動部対抗は個別日程を部活単位で行い、勝ち負けで獲得得点があった。最終日の一般対抗は運動会形式で種目別勝敗によって得点を争ったうえで、総合得点によって決着を付けるものだった。
定期戦実行委員会という組織があり、実行委員長は例年、3年生の中で最もみなが納得する「人物」が就任するのが通例で、生徒会役員とは比べ物にならない位の権威と威厳があった。
定期戦実行委員長のスピーチにはみなが心を震わせて聞き入り、雄叫びで応えたものである。
両校ともに全校を挙げて行われ、運動部対抗は両校生徒の殺気立った応援が交わされた。
一般対抗は校内予選から始まり、選ばれた選手による練習会など、熱気が半端ないものだった。最も盛り上がる綱引きは練習時から殺気立っていた。
野球部員は野球の部活で対戦し、一般対抗では駅伝に出場することが多かった。校内的には長距離走で無類の強さを見せている部だったのである。
この年の定期戦会場はマエタカだったので、野球部の対戦も土曜日の午後にマエタカで行われた。両校生徒の殺気立った応援人垣がざわついていた。
この時、打撃の調子がよかったのだろうか、川北は8番ライトでスタメン出場した。守備中の緊張感は体が強張るものであったが、打席では応援の雰囲気に乗せられて闘志100%、開き直って臨むことができた。
4の3、「やれるじゃん」
第1打席こそ捕られはしたが右中間の大飛球。第2打席はヒットエンドランでライト前にライナーのヒット。第3打席は左中間にライナーで二塁打、第4打席はレフト線にまたライナーの二塁打。4打数3安打、二塁打2本である。出来過ぎだった。試合は川北の活躍もあり大勝であった。
試合での活躍は初めてといってよかった。「何だ、やれるじゃん」が川北の率直な思いだった。
もともと打撃では右手が強く、右打席での引っ張り系の打者で、バットヘッドが縦に入り過ぎる傾向があった。それが第1打席、第2打席と右方向を意識していたことが好結果に繋がったのだろう。
何よりも開き直った闘志100%の集中が、頭でっかちになりがちで「迷い」や「上体の力み」を生じやすかった川北にはまっていたのだ。
その時そこに気が付いていれば、その後の展開も違っていただろう。なのに残念ながら、「何だやれるじゃん」との薄っぺらな自信しか獲得できず、そんな自信は翌日の練習試合で木っ端微塵に打ち砕かれてしまうのだった。
翌日の日曜日。利根川河川敷の前橋工業高校野球部専用グランドでマエコウ、桐生工業高校(キリコウ)との変則ダブルヘッダ-があった。両校とも伝統校で部員数が多く、体格も大柄であった。
マエタカはまずマエコウと対戦した。前日の活躍もあり、川北はスタメンで出場した。相手投手はカーブ主体だった。田中不二夫監督の指示は「球を引き付けて打球を右方向に飛ばせ」であった。
第1打席、カーブを打った。当たりはよかったがショートゴロだった。前日のイメージに輪をかけた力みもあった。
「引っ張るんじゃないと言ってるだろう!昨日打ったもんだから…」
恥ずかしながら、これでもう打席で単純に集中できなくなってしまった。結果や見え方がどうなのだろうと、弱気虫が頭の中を駆け巡るようになってしまったのだ。打席内で結果に囚われず、力まないで集中できるような気持をどう作るか、これが川北の課題であったのに…。
試合には勝ったが川北はノーヒット。守備中も弱気虫が騒いで、大きなミスはなかったがガチガチ感が満載だった。何でもないライトフライの捕球時にヨロヨロしたりした。
キリコウとの試合は途中出場だったと思うが、ライト線の相手打球の処理をもたついてランニングホームランを献上するはめに。このとどめのミスで、すべてが消し飛んでしまった。溜息しかでなかった。
小出が堂々たるエースに成長
川北の浮き沈みは別にして、新チームとしては定期戦の勝利、強豪マエコウ戦の勝利とカッチリした野球ができる通好みのチームに仕上がりつつあった。
投手、小出昌彦の自立が大きかった。元来、球速はあったが荒れ球気味だったのだ。それが、ゆったりしたワインドアップからバネの効いたフォームでキレのあるストレートがコーナーに決まる。堂々たるエースとなっていた。
秋季大会は準々決勝から桐生球場がメイン会場となる。準々決勝の相手はトミオカであった。下馬評では広木政人投手は「群馬の広木」と評される好投手としてクローズアップされる存在になっていた。
試合展開は投手戦。広木投手は夏休み練習試合時のカーブノーコンは影を潜め、速球とのコンビネーションをビシビシと決めてきていた。それでもマエタカは闘志満々。
陽気な1番サード堺は「お前が群馬の広木か!こんなもんか!」と煽り倒していた。
新マエタカチームの勝ちパターンは、前半から中盤にかけて拮抗した展開で進むと終盤に相手の方が自滅してくれる…であった。まさにその展開。4対3でマエタカは勝利した。
かわきた・しげき
1960(昭和35)年、神奈川県生まれ。3歳の時に父親の転勤により群馬県前橋市へ転居する。群馬大附属中-前橋高―慶応大。1978(昭和53)年、前橋高野球部主将として第50回選抜高校野球大会に出場、完全試合を達成する。リクルートに入社、就業部門ごとMBOで独立、ザイマックスとなる。同社取締役。長男は人気お笑いコンビ「真空ジェシカ」の川北茂澄さん。
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