フォークナーの有名な言葉に
「自分が物語をそこに作れば、その土地の地主になれる」
と言うのがある。道を歩いている時、ふとこの言葉が浮かんでくる。その度に、小説でも書こうと思ったりするけれど、才無き身ゆえ未だに残念ながら実現していない。
前橋を散歩している時も、たびたびこのフォークナーが蘇ってくる。それは、あちらこちらに設置されているブロンズ像と出逢うからなのだ。人物像だと、勝手に人生を想像して楽しんでしまう。大体は不幸な出来事に遭遇して、幸薄な終末をむかえる。(笑)どうもろくでもない物語しか想像出来ない。
何故ブロンズ像達の人生を想像してしまうかと言うと、フォークナーの言葉を引用して、
自分がブロンズ像の物語を作れば、その像の持ち主になれる。
と考えたからなのだ。
私が好きなのは、前橋駅のケヤキ並木にある父と娘の像だ。
しかし、これだけは物語が浮かんでこない。何故なら、アカデミー賞を受賞したマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の短編アニメーション「岸辺のふたり」を思い出すからだ。あの、亡くなった父と夢の中で再会するシーン。像を見ていると胸がじんわりしてきて泣きそうになってしまう。「岸辺のふたり」以上の物語を想像する事は、私には出来ない。こうして書いているだけなのに、もう泣きたくなってしまう後期高齢者の自分がいる。有限の生を唯一忘れさせてくれるのが、泣くことと笑うことだ。そのきっかけを与えてくれるのが、物語なのである。
私は、いつか前橋を背景にした物語を書き上げることが出来るだろうか。
萩原朔美(はぎわら・さくみ)
1946年11月、東京都生まれ。寺山修司が主宰した「天井桟敷」の旗揚げ公演で初舞台を踏む。俳優の傍ら、演出を担当し映像制作も始める。版画や写真、雑誌編集とマルチに才能を発揮する。2016年4月から前橋文学館館長。
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