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【前橋シネマハウス支配人 日沼大樹のシネパラ】vol. 8
『あんのこと』

2024.06.25

【前橋シネマハウス支配人 日沼大樹のシネパラ】vol. 8
『あんのこと』

前橋シネマハウスは7月6日から19日まで、入江悠監督が監督・脚本を務める映画『あんのこと』を上映する。貧しい暮らしで幼少期から家族の虐待を受けてきた主人公、杏。TBSテレビのドラマ『不適切にもほどがある!』での熱演が話題となった俳優、河合優実が、底辺から抜け出そうともがく杏を演じる。

希望はあるのか

2024年、映画『あんのこと』を見て、2015年公開の映画『きみはいい子』以来の衝撃を日本映画で感じた。これは私にとって、とてつもなく大きなできごとだ。

前橋シネマハウスを開館させたのは2018年3月17日。劇場は前橋市所有の施設で2016年ごろから劇場開館の打診をもらっていたが、ずっと断っていた。地方でミニシアターの運営ができるわけがないと思っていたし、私自身、映画館で働いたこともなければ映画マニアというわけでもなかった。

そんな時、『きみはいい子』に出合った。実際にあった事件に着想を得て書かれたオムニバス作品を『そこのみにて光輝く』でモントリオール世界映画祭最優秀監督賞を受賞した呉美保監督が映画化した。私の人生感が変わった。映画の持つ多角的な視点は普段私たちが意識していない様々なことを教えてくれる。なんて自分は利己的な価値観で生きてきたのだろうと思わされた。

そして映画館を始めることに決めた。映画の素晴らしさを知ってもらうために。映画で少しでも社会が変わってくれることを願って。

(C)2023『あんのこと』製作委員会

21歳の杏はホステスの母と足の悪い祖母と3人でボロボロのマンションで暮らしていた。幼少期からネグレクトと身体虐待を受けてきた杏は小学校4年生から不登校となり、字も読めず、社会の機微もわからない。彼女は働きもせず、学校にも通わず売春と麻薬の売買で稼いだ金で生活し、時にはその金を母親に窃取される日々、売春も母親に紹介され始めたことだった。

そんな時、人情味あふれる親分肌の刑事・多々羅と出会う。彼は杏の気持ちに寄り添い更生への道筋を示してくれる。同時に正義感の強い記者・桐野の紹介で、祖母の介護もできるように介護施設で働きなら夜間学校へ通い更生の道を順調に進め始めた。

しかし、時は2020年。世界中を襲ったコロナ禍でのパンデミックは、この世界の片隅に懸命に生きる杏に容赦なく牙をむく。

(C)2023『あんのこと』製作委員会

2019年のデビュー以来、数多の映画賞に輝き、TBSの「不適切にもほどがある!」での熱演が話題となった最注目俳優・河合優実が、底辺から抜け出そうともがく主人公・杏を演じる。また、杏に更正の道を開こうとするベテラン刑事に佐藤二朗。2人を取材するジャーナリストに稲垣吾郎と、実力派が脇を固めた。

さらに制作陣には、第75回カンヌ国際映画祭で「カメラドール特別表彰」を受賞した話題作『PLAN 75』(早川千絵監督)のスタッフたちが集結した。

本作は、新聞に掲載された実際の事件をもとに作られた。その記事を見た入江監督はコロナ禍で大切な人を亡くしており「すこしだけ注意を向ければその人の苦しみに気づけたかもしれないのに、自分のことばかりで精一杯でした。時代の移り変わりがどんどん早くなり、多くのことを忘れていってしまうから、この映画を作って刻みつけておきたいと思いました」と作品の公式ホームページで語っている。

(C)2023『あんのこと』製作委員会

本作はコロナ禍により人生が変わってしまった少女を実際の事件をもとに描いている。しかしそれ以前から、この日本のいたるところで同じような境遇の人たちはいたのだろう。コロナ禍により日本という国が抱える目立たない問題が浮かび上がってきたように感じる。杏は確かに存在し、今も昔も私たちの周りにいるのだ。

社会が、自分が少しだけ変わるかも

私たちは2020年からの3年間でとても利己的になってしまった。それだけ生きること、稼ぐことに必死だった。でも多くの人が少しでも利他的に周りを見渡すことができれば杏を救うことができるかもしれない。

身体的なハンディキャップもあれば、生まれた環境にハンディキャップを持つ人もいる。最近ではそれを“親ガチャ”と言うらしい。劇中で字も読み書きできず、仕事にもつけない杏が生活保護を受けようと役所に行くと職員が「義務教育を受けなかったのは自分の責任ですから。誰にでもお出しできるわけじゃないので」と突っぱねるシーンがある。

職員からすれば杏は変な人で義務教育を出ていないのは自己責任なのだろう。でも小学4年から虐待で通えなくなり、誰にも助けてもらえず売春をさせられる。そんな少女に責任はあるのだろうか。みんながもっと多角的に物事を見て欲しいと思わせられるシーンだ。自分にとって変な人でも身体や思想、生きてきた環境はみんな違う。決めつけて利己的な自分を押し付けるのではなく少しでも相手を理解しようとする心を少しでも持ってほしい。そうすれば社会が、自分が、少し変わっていくのではないか。

日本で生き、コロナ禍を経験した私たちに必ず観て感じてほしい映画「あんのこと」。観て損なことは絶対ないと思います!ぜひ劇場でご覧ください。

『あんのこと』

監督:入江悠

出演:河合優実 佐藤二朗 稲垣吾郎

時間:114分

日時:7/6(土)~7/12(金)①12:20~ ②16:50~

7/13(土) 19:20~

7/14(日)~7/ 19(金)①14:35~ ②19:10~

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前橋シネマハウス

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027-212-9127
住所 前橋市千代田町5-1-16 アーツ前橋上 3F