連載【匠の手】vol.３ 　
氷の魔術師 「科学」した輝き　
白井屋 ザ・バー 真茶亭 ・木村堅さん

サクッ、サクッ。細工に適した－12度の氷を骨切り包丁で削る。瞬く間に純氷のピラミッドが完成。ギムレットを静かに注ぎ、カウンターの向こうへ、そっと差し出す。ドキッとするほど指先が美しい。

「『リヴァイヴド・クラシック』です。古きを尊重しながら、最先端の技術や素材を駆使して現代における最高峰のカクテルを作りたい」。静かな口調で明快に自身の主義を語る。

氷は－４度、－12度、－18度以下に設定された３つの温度で管理する。－12度は細工に適した温度。－４度はパーシャル温度帯と呼ばれ、擬似液体層という膜が出来ることにより、「常温の液体を掛けても割れることがない。飲料が薄まらず、美味しい状態を保てる」と説明する。

「錐（きり）」を意味するギムレットは独自に変化した日本版ではなく、1900年代からの正統派にこだわり、氷のアートとともに現代に蘇らせる。

家の目の前まで流氷が着岸する北海道最北端の村で生まれ育った。実家は大規模な酪農家。跡を継ぐため農業高校卒業後、２年間は牛を追いかけた。

だが、夢を捨てることはできなかった。「バーテンダーになりたい」。夢を貫けば、酪農を廃業せざるを得ないことを分かっての決断だった。

20歳からバーの街・北見や稚内、大阪で修業した。「24歳の時、シンガポールで開催された世界大会を見て、熱量に圧倒された。いつかはこの国で働きたい。30歳までに必ず世界に行くと目標に掲げた」

国内の数多くのカクテルコンペティションに受賞、オファーを受けて28歳で海外に拠点を移した。シンガポールや上海の著名なバーの立ち上げに携わり、「アジアのバー文化の担い手」として国内外で注目を集めた。「ずっと、海外でバーにかかわっていくのだろう」。そう感じていた時だった。

異変が体を襲った。脳神経に障害が現れ、帰国を余儀なくされた。「前橋生まれ、前橋育ち」の妻の故郷で生活することに決めた。2021年４月だった。

帰国前に白井屋ホテルがアートホテルとして再生されたことを知った。「素晴らしいコンテンツが揃ったホテル。インスピレーションでピースの一つに絶対にバーが必要だと感じた」

履歴書を送りバーの開業を提案した。ホテルにバーを設ける予定はなかったが、提案内容と履歴が経営者の目に留まり採用された。

待ち合いに使うスペースがあり、「真茶亭」と名付けられたバーが誕生した。現代美術作家の杉本博司氏と建築家の榊田倫之氏が手掛けた空間は、優しく光を通す積層ガラスのファサードや水の流れを思わせる木目のスギ材のカウンターがある。この空間でグラスや氷が細やかな光を放つ。

縁あって暮らし、働くことになった土地に寄り添う姿勢を大事にする。カクテルに使うジンは白井屋ホテルオリジナル。「前橋のバラとホップ、高崎のレモン、館林のオリーブの間伐廃材の枝を入れている」と説明する。

カクテルでよく見かける丸氷にはバラやホテル内で収穫したハーブ等が入り、「プロミス」と名付けた玉露とワインベースのカクテルに使う。

店が開くのは金曜と土曜の夜のみ。カウンターはわずか６席。茶人が客をもてなすように、一杯分ずつ、最上のバランスとスピードを考えて提供する。

「両手を広げて納められる範囲。これがちょうどいい。週末だけというのもプレミアム感を演出できる。一人一人に真摯に向き合い、最上級のおもてなしを体験していただきたい」。世界で認められたバーテンダーの奇才が前橋で至高の一杯を生み出す。