interview
聞きたい
【昭和高校球児物語-前高 完全試合のキセキ-▶69】
高校3年夏-1
2023.06.05
新チームから変わらぬメンバー
時は1日1日着実に進む。いよいよ最後の夏に向かうのみとなった。
このチームは新チームが始まってから秋季大会、選抜甲子園、春季大会と固定メンバーで戦ってきていた。ポジションも打順もまったく変わらなかった。最初からそのメンバーでの最適の編成ができていたのかもしれないし、当初習得した勝ちパターンに実直に磨きを掛け続けたということかもしれなかった。
野球というスポーツはフィジカルやゲームに対するチーム規範の共有が一定のレベルに達すると、偶発性や選手のメンタルに結果が左右される要素が増える。その要素領域の中で確固とした勝ちパターンを持ち、その戦いに徹することに手慣れていたのがこの代のマエタカだったのだろう。
しかし、高校生という成長期でもあるこの時期は、個々に心も体も驚くような変身、成長を遂げることも珍しくない。
このころになると他校は前年夏の新チームスタート時と比べると、新戦力の底上げやチームとしての練度の向上による迫力が感じられるようになってきていた。
早い話が、多少なりとも感じていたマエタカの優位性が相対的にどんどんなくなっていたのだった。少人数部員で下級生時から試合慣れしていたマエタカメンバーの「試合力」に他校が追いついてきていた。
もちろん、マエタカ内においても部員個人の変身、成長は期待されていたし、徐々に起こっていた。
ただ、夏に向けて大幅な底上げ、ブレイクスルー要素がなければ間違いなく頭打ちでしかない。キリタカは全国制覇に向けて舵を切った…などの噂も聞こえ始めていた。
春季関東大会後に叱責された際の違和感は、現状の編成の戦い方では極限に達しており、夏に向けてさらなる打開策の見えない苛立ちであったのかもしれない。夏に向けて何かが変わらなければ…との焦りももちろんあった。変われるのだろうかの不安とともに。
「3番打つ」川北が相澤に挑戦状
「俺、3番打てるように頑張ってみるよ」
ある日のフリー打撃練習の際に川北は相澤雄司に言った。川北なりの数少ない打撃開眼の記憶を繋ぎ合わせて、その集大成を何とか定常状態に持っていけないだろうかの思いがあった。
「へー、まあ、やってみたら」
一瞬、相澤の目が敵方投手を見つめる獰猛さで光った。やれるもんならやってみろオーラがボワッと放出された。「俺がお前に抜かれるはずないだろう」との目線とともに。
一方、その横のバッティングゲージの中で打ち込む松本稔が「よ~し、じゃあ~次は流し打ちなあ~」と言って、ライナー性の打球をライト奥の校舎2階の金網に叩きつけていた。左打ちの川北でもほぼ届いたことのないライト側校舎に、である。
改めてチームメンバーの凄みを感じると同時に、努力では追いつけない現実を日々突き付けられてもいたのだった。
頼もしい2年生の底上げ
5月28日、隣県、長野県長野市への遠征があった。甲子園効果の招待試合だった。
長野市内の公式球場を借りて長野東高校と長野工業高校とのダブルヘッダー。長野東高は新設されて数年の公立共学校でベンチやスタンドにマネージャーらしき女子がおり、彼女たちの声が飛ぶたびに「お♡」と意識せざるを得なかった。良い悪いではなく男子高生の率直な反応だった。
一方、長野工高は部員数も多く、大柄な選手が多かった。
試合は2試合とも何とか勝利して格好をつけることができた。
長野東高戦、川北が打者の際にヒットエンドランのサインが出てショートゴロを打ったところ、セカンドベースに入ろうと動いたショートの逆を突いてチャンスが広がった場面があった。決して狙ったわけではなかったし、もともと川北の打球はショートゴロとなることが多かったのだが。
試合後に「ああいうことのできるタイプの選手は長野にはいない」と言われて面映ゆかった。狙って打ったショートゴロと思われたのだった。
同時に「甲子園出場などのレッテルが貼られると勝手に拡大解釈されて行くんだな」とも実感した。ゴロを打つ練習が報われたともいえるが。
この遠征での収穫は2年生の底上げだった。外野の細野雅之と投手の竹井克之である。
細野は成長痛などで守備や走塁では苦しんでいたが打撃の進境は著しかった。タイミングを取るのに独特の間が必要だったのでバックスイングの始動を早める必要はあったが、打球音、打球スピード、飛距離は見るべきものがあった。
正月の球場練習で黙々と雪中腹筋をしていた竹井は、彼らしい無表情さで重い球を投げ込み、長野工高戦で1失点完投勝利した。
この試合は松本が左中間の場外にライナーでホームランを放つなど、マエタカ打線が爆発したことも竹井には助けになった。
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