interview
聞きたい
【昭和高校球児物語-前高 完全試合のキセキ-▶67】
総集編・選抜甲子園・下
2023.05.29
甲子園を覆う異様な空気
完全試合から4日後の4月3日。2戦目となる福井商高戦は雨模様で肌寒い日でした。
地味なカードとあって観客の少なかった初戦から一転、「完全試合の松本稔」を目当ての観客が詰めかけました。初戦にはなかったザワザワ感で球場が満たされていたようでした。
1回の表、福井商高を3者凡退に抑えると、息をのむような異様な空気感は限界に達しつつありました。
2回1死後、5人目の打者の打球は松本の足元を抜け、センター前へ。松本が甲子園で許した最初の安打、最初の走者となりました。
「ああっ~」。スタンドから一斉にどよめきが起こり、グラウンドへ降ってくるようでした。
「昭和高校球児物語」の筆者、川北茂はここからの記憶があまりないといいます。テレビの録画を見直していないせいもあるでしょうが、記憶に残したくない場面の連続だったのでしょう。
初めての走者を出し、初戦では鉄壁だった内野陣にほころびが生じます。エラーの動揺が伝染するように、2回だけで7点を献上してしまいました。
続く3回にも同様にエラーを重ねて3点を許し、試合前半で0-10と大差を付けられました。
完全試合のことは忘れ、気持ちを切り替えて試合に臨んだはずですが、そこは高校生。無意識のうちに平常心を失っていたのでしょう。雨にぬかるんだグラウンドに足を取られ、思うようにプレーができない、もどかしさを抱えたまま試合は進みました。
それでも、エースは心を折らずに懸命に投げます。この試合、四死球は0。最終的に14点を失いますが、点を許したのは3イニングだけで、残る6イニングは0点に抑えました。自責点はわずか4点でした。彼の精神力にはただ敬服するだけでした。
試合後のインタビューでは「この間はでき過ぎだったんです。きょうの投球がボクの普通のピッチングでした」と淡々と答えたのが印象的でした。
天国と地獄 心に燃え尽き感
「天国と地獄がセット」だった夢の甲子園。「ものすごく高揚することも激しく落ち込むこともなかった。事実として消化しきれていなかった方が正解だったかもしれない。少なくとも完全試合の大幸運は大惨敗で帳消しになった」と川北は振り返ります。
取材陣の問いかけに「借りを返しに甲子園に帰ってこないと」と答えるナインもいましたが、川北自身は過酷な夏を勝ち抜き、再び甲子園に戻ってくることは想像できませんでした。
そして、「若干の燃え尽き感もあった」と正直な気持ちを吐露しています。果たしてこのまま、終わってしまうのか。物語は続きます。
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