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聞きたい

【昭和高校球児物語-前高 完全試合のキセキ-▶︎41】
高校2年冬-2

2023.04.14

【昭和高校球児物語-前高 完全試合のキセキ-▶︎41】
高校2年冬-2

修学旅行 女子高と同じ宿

11月、奈良・京都への修学旅行があった。前年は一部日程が関東大会とかぶっていたが、この年はまったく懸念はなかった。

ただ、校内的には「この修学旅行中に不祥事を起こすと選抜甲子園の選考から漏れかねない」とのお達しがあり、妙な緊張感があった。

進学校とはいえ男子校であり、例年、宿泊先での飲酒、喫煙、他の修学旅行生とのトラブル、見学先での落書きといった器物損壊は生じていたようである。楽しくて無邪気に羽目を外した程度らしいが。

クラスでの旅行中の自由行動班、川北は野球部の石井彰、座席の近かったラグビー部の江利川宗光、石井の座席のそばの石川聡の4人で組んだ。

何か修学旅行に向けた特別な思いはなかったが、無邪気にウキウキはしていた。まず奈良から入り東大寺、興福寺、法隆寺、春日大社など修学旅行生でもみくちゃになりながら周り、薬師寺では、説法上手で有名だったお坊さんの話を聞いて東塔の水煙を見た。平等院を経て京都に入った。河原町のあたりの宿だったと思う。

▲修学旅行に出発

▲バスガイドさんと一緒に

▲一応、寺も回る

宿の部屋に落ち着くとこんな情報がきた。

「北海道の女子高が同じ宿だってよ!」

「お♡」

「へー…」

やはりそこは年頃の男子である。何も起こるはずもないのに少し胸が高鳴る。各組1台のバスに1人付いているバスガイドさんにさえなかなか話しかけられなかったのに。

しかし、その甘酸っぱい期待は瞬殺された。ロビーで見かけた女子高生たちはなかなかのものだったのだ。まずほぼ全員のスカートの丈が足首まであった。そして細い細い折り目キッチリのプリーツ。髪は一部脱色された長いカーリーヘア。会話で聞こえる声はしゃがれ声であった。

北海道の大地が育んだかわいくおぼこい女子高生との想定は一瞬で粉々に崩れ去った。しかも聞くところによると一部のマエタカ生に「ボクタチ、後で上の階にいらっしゃいよ」とのお誘いまであったらしい。札幌の都会女子高生に群馬の田舎男子は完全になめられていたのだった。

ツッパリ、詐欺師に遭遇

宿から歩いて数分のところに新京極商店街があり、散歩、お土産探しに出かけた。修学旅行生があふれかえっている噂は聞いていたので、恐る恐る出陣した。こういう時に野球部員の結束は固い。選抜選考のためにトラブルはすべて回避しなければならない。ずんぐりむっくりスポーツ刈り8人衆は鰯の群れのようにつかず離れず歩を進めた。

典型的なツッパリ君が目に入った。真っ赤なTシャツにカラーが低く、丈が短いミニランをはおり、お腹の上まであるボンタン、先のとがった革靴の踵をつぶして、道幅いっぱいを蛇行しながら歩いてくる。鰯の群れを見つけた鯱のようだ。

後ろには十数人の子分と思われる集団がついている。目を合わさないようにこそこそと道を開けると、声を掛けられた。

「おー、おメーら、マエタカだろ?」

えっと思いながらうなずく。

「俺ら新田高(ニッタ)だからよ。同じ群馬だよ。こっちで何かあったら言って来いよ」

マエタカ生の悪いところは自分たちが勉強や試験結果の物差しを優先しているがゆえに、何事もその物差しで測りがちなところである。正直、普段はニッタを意識したことはあまりなく、物差し上では下に見がちであった。

しかしこの時は、京都に来ていても全国の修学旅行生に対して日頃の自分たちのスタイルを貫く彼らが格好良く、頼もしく感じた。

思わず、「ありがとう。よろしくね」と返していた。

鰯の群れはさらにおっかなびっくりゆるゆると新京極商店街を進んだ。ふと川北は籠を抱えて道行く人を見ている中年女性と目が合った。その女性は目が合ったと気付くやいなや、するするっと傍らに来ると黒目がちな目で、こう言った。

「恵まれない子供たちのためにハンカチを買っていただけませんか?」

目をそらし、かわして通り過ぎようとしても前に前に回り込まれる。哀れを誘うような目で川北の目を真っすぐ見つめてくる。内心、「うわ、何で俺?」と思いながら聞いてみた。

「えー、いくらですか?」

「1枚500円です」

「いま、お札しかないんですけど」

「1000円で2枚買っていただけると助かります」

「・・・」

他の7匹の鰯は生贄となった哀れな1匹を遠まきにながめている。それでも対人折衝力のある茂木慎司が来てくれて、黙って200円ほど差し出してきた。小銭で済む話だと思ったらしい。

「いや、500円なんだよ」

「えっ、そうなん」

あえなく救出隊は撤退してしまった。仕方ない。

「1枚ください。お釣りください」

そう言い切って取引は終了した。額縁状にチェッカーフラッグ的な市松模様があり、真ん中にスーパーカー、オレンジ色のランボルギーニがプリントされたハンカチだった。

「馬鹿だなあ~」

「絶対詐欺だぜ、断らないかふつう~」

「カワキタらしいな~」

助けてくれなかったじゃんかと思いながら、強がった。

「良いことしたんだよ、良いこと。だますような人には見えなかったよ!」

ここまでであれば、怪しさはあるが慈善事業の良い話の可能性もあるのだが後日談がある。修学旅行から帰って数日後、新聞の社会面を何気なく見ていると見覚えのあるハンカチ図柄の写真が大きく載っている。

「えっ?」と思って見出しを見ると「歳末、人の善意を食いものに」であった。何も語りたくはなかった。

野球部員のみならずクラスメイトを含めた多くの同級生から、「さすがキャプテン川北!」と冷やかされた。ちなみにマエタカ生の中には2枚購入した仏様もいた。こういった無垢でやぼったい善意が選抜甲子園選考にも生きたと思いたい。

▲大原か斑鳩か

▲ハイ、ポーズ

▲内山先生と図書館司書さん

女子高生の部屋から煙草の煙

京都の宿の最後の夜、気のおけないクラスメイトたちと部屋で雑談していた。が、どうも隣の非常階段から煙が流れてくる。この匂いは…と思いながらのぞいてみると、応援団のY、S、ラグビー部のHら、マエタカ同級生の中でも他校の威圧力に遜色ない面々が缶ビールを飲みながら煙草を吸っていた。いま思えば可愛いものだがほんのり赤らんだ顔で、こう言ってきた。

「おーカワキタ~。こんなヤク(ザ)な俺たちを許してくれよ~。こっそりこっそりにしとくからさ~。責任が俺たちで留まる範囲を意識してるから…」

意味不明だが、野球部の選抜選考を気にしてくれているのはありがたかった。見た目はごついのだが、みな気のいい友達でもあったのだ。

「ちょっと上の階のお姉さんたちに誘われちゃってるから、これから行ってくるよ」

「そうなのか。うちの先生ならまだしも、向こうの先生の反応が分かんねえんだから気をつけろよ」

「おー、分かってる、分かってる」

その後、特段の騒ぎは起きずにホッとした。心配で時々、窓から上層階の窓を見上げたが、開け放たれた窓から京都の冬の夜空に、排煙ダクトのように煙草の煙が流れ出ていた風景を覚えている。

後から聞くところによると一緒にビール飲んで煙草吸って、だべっただけだったとのことらしい。真偽は分からないが。

京都最終日、清水寺見学は午前中であったろうか。川北は田中不二夫監督から、清水寺近くの漬物屋の千枚漬けと柴漬けを頼まれており、それを買い忘れないように気が気でなかった。

こういう時に田中監督は「カワキタ、お前に言っとけば間違いないから」とよく言った。悪い気はもちろんしないが、人の使い方ってあるわなあと、いまであれば思える。年を重ねることで分かるものは、やはりあるのである。

かわきた・しげき

1960(昭和35)年、神奈川県生まれ。3歳の時に父親の転勤により群馬県前橋市へ転居する。群馬大附属中-前橋高―慶応大。1978(昭和53)年、前橋高野球部主将として第50回選抜高校野球大会に出場、完全試合を達成する。リクルートに入社、就業部門ごとMBOで独立、ザイマックスとなる。同社取締役。長男は人気お笑いコンビ「真空ジェシカ」の川北茂澄さん。