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【昭和高校球児物語-前高 完全試合のキセキ-▶57】
高校3年春-6

2023.05.09

【昭和高校球児物語-前高 完全試合のキセキ-▶57】
高校3年春-6

桐生高戦 初めて先制する

決勝戦、マエタカは1塁側ベンチ、キリタカは3塁側。午後の日差しは3塁側に差し込み、1塁側は日陰で心地よかった。川北は実は連戦の疲れであまり頭が働かず、体の反応を頼りにしていたのが本音だった。

内山武先生から、「松本は相当へばりがきてるはずだ。試合中、いままで以上に声を掛け続けるんだぞ!」と言われて、「そうだ、俺なんかよりも松本が」と意識に刻み込んでいた。

ベンチもレフトの先発を2年生の細野雅之に変え、石井彰を控え投手として準備させる対応を取った。

気温は上がり、強い日差しの中、前年の秋季群馬県大会決勝およびこの年の春季群馬県大会決勝と同様の対戦が大宮での春季関東大会決勝対決となった。

先攻マエタカ、後攻キリタカ。木暮洋、松本稔の気迫がぶつかり合う立ち上がりだった。

特に木暮は打席に松本を迎えると、キリタカのライト、八染茂男にライト線のライン際を締めるように大きなジェスチャーで指示をしていた。春の県大会決勝でのライト線への痛打を忘れてはいなかったのだ。

1回、2回とゼロ行進。3回の裏キリタカの攻撃。一番、清水貴彦の痛烈な当たりのサードゴロが来た。

好天で乾いて固くなり、連戦で荒れたグランドでこの打球はイレギュラーし、川北の顔面に当たった。正確には左目上部の眼鏡の縁と眉毛の周辺に打球がまともに当たった格好だった。

川北は顔を抑えて地面にかがみこんだ。後にテレビ録画で見ると顔に当たって跳ね返った打球が二塁ベースあたりまで転がっている。強烈な打球だったのだ。

幸いなことに川北の眼鏡はプラスチックレンズであったので割れることなく、レンズの破片で顔面を切るようなこともなかった。

しかし、眼鏡の縁で眉毛下を若干切ったことと強烈な打撲で左目周りがズキズキと脈打ち始め、腫れ上がる予感があった。

試合は中断し、救護室で手当てをしてもらった。翌日の新聞には、この中断中の両校応援席のやり取りの記事があった。「早くやれー、選手貸してやろうか!」などの応酬が両校スタンド間であったものの、「うちうちじゃあないか」の仲裁の声で笑いに変わり、群馬県勢に場所を貸している格好になる埼玉県高野連の役員が苦笑いをしていたらしい。

治療中断後に絆創膏を張って拍手と共に出てきた川北にショートの堺晃彦が練習球を投げてきた。堺は1塁へ投げてみろ、のつもりであったらしいのだが、右手や肩に何かあったわけではない川北とのコミュニケーションを欠いていた。

川北は堺に投げ返そうとしたが、堺がもう川北の方を見ていなかったので送球動作を途中で中断。球場の注目を集める中で球がとんでもない方へとんで行き、どよめきが起こった。

テレビ中継ではアナウンサーが「緊張の中にも笑いが…」とコメントしていた。もちろん、後々の笑いネタになった。

このテレビ中継録画を後に見ると、川北が顔を抑えてかがみこんだ時に真っ先に松本が傍に来て顔と眼鏡の確認をしてくれていた。さすがと思うと同時に少しジ~ンとしたことを覚えている。

十八番のスクイズ成功

均衡を破ったのは4回表、マエタカだった。先頭の2番、堺晃彦が四球。木暮洋も疲れからだろう制球を乱す場面が何度かあった。

3番、相澤雄司とヒットエンドラン。相澤はショートゴロながら堺は二進。ここで4番、松本が木暮の渾身のインコースストレートをセンター前へ。

当たりが痛烈だったのでセカンドランナーは本塁狙いは自重して1塁、3塁。

松本を意識していたであろう木暮は動揺したのか5番、佐久間秀人にも四球。1死満塁と絶好のチャンスとなった。

バッターは6番、高野昇。何度となくスクイズを決めてきた、十八番の得点パターンだ。マエタカ部員は誰もがスクイズを想定した。

問題はどこでいくのか。田中不二夫監督は比較的ワンストライク後にサインを出すことが多かった。それが「いかにものタイミングではないか」とあるOBが言っていたのを聞いた覚えもあった。

もちろん監督に面と向かってではない。スクイズのサインほど、結果論で批評されやすいものはないだろう。こればかりは戦いの中での肌感覚なのだ。まさに覚悟の賭けといえる。

こういった場面、バッター、ランナー、ランナーコーチ以外の選手はサインを見ないようにしていた。サインを見た他の選手の動きや表情、醸し出す雰囲気で守備側に読まれてしまいやすいからだ。特にスクイズの場合は。

高野の2球目、スクイズ決行! 高野は冷静にいつも通りバットの芯で投球の勢いを殺したバントを決めた。1対0。マエタカが先制した。キリタカとの試合で先制したのはこれが初めてだった。

高野が得意としたスクイズ。良き女房役だった

松本に勇気 木暮に闘志

この先制点が疲れていた松本に力を与えたように思う。それとも木暮としのぎを削った対決打席でのセンター前ヒットが彼の闘争心に再点火をもたらしたのかもしれない。中盤の投球に躍動感が戻ってきた。

先制点をもらい、力投を続ける松本

一方、木暮ももう一段の気迫を前面に出してきた。スクイズを決めた高野がその後の打席で痛烈なライト前を放ったものの、ダッシュしてきたライト、八染の強肩でライトゴロに仕留められた際、木暮が大きく雄たけびを上げたのだ。

この試合の途中で川北は気がついたが、攻守交代の際に松本と木暮はお互いボールを相手に直接投げて渡していた。

普通はボールをピッチャープレートに置くか1塁塁審に渡して攻守交代するのが定番なのだが、お互いチェンジの際に相手がやってくるのをボールを持って待ち、ポーンと投げて渡していたのだ。

2人はお互いエースで4番。何度となく対戦し、実力も実績も認め合っていたはずだ。バチバチに意識しあっていた証でもあろう。

互いを認め合っていた松本(左)と木暮