interview

聞きたい

【聞きたい 岡田修平さん▶2】
人生通してブレイキンを追求

2023.08.19

【聞きたい 岡田修平さん▶2】
人生通してブレイキンを追求

10代、20代の躍進が華々しいブレイキンではベテランとなる33歳。それでも、岡田修平さんは「いまも進化しています」と自信をのぞかせます。パリ五輪も「大きな通過点」。人生を通してブレイキンを追求したいと求道者のように語ります。

33歳、いまだ進化の途中

――高校に入り、本格的にブレイキンに取り組むようになったのですね。

ストリートダンス同好会に入りました。廃部の危機にあった演劇部に名前だけ貸して、体育館で練習させてもらった。自分以外はみんな女子で、ほぼ自主練。独学で覚えました。

高校時代、南高出身の群大生「TADORIN」が「B-STYLE」というストリートダンスサークルを紹介してくれ、つながりが出来た。ダンスを続けたかったので群大に。国公立なら親もOkでしょ(笑)

――ブレイキンにのめり込むようになります。

ダンスバトルに出て、有名になりたいという気持ちが芽生えました。肌感として、世界を意識し始めた。好きだった韓国のB-BOYのチームを生で見て、世界を相手に戦いたいと意識しました。

――教員免許を取得しています。先生になる気持ちはなかったのですか。

なかったですね。会社員をしながらダンスを続けるか、という迷いはありましたが。

一緒に練習していた「TKC7」、国際大会でも優勝してB-BOYとして日本中に名前が知れ渡った群馬の先輩から、「世界を目指すのならダンス一本でいった方がいいよ」とアドバイスされて。それで、卒業後はダンススタジオでインストラクターをしながらブレイキンに本腰をいれました。

肉体の強化、ケアに気を配る

――33歳とベテランの領域に入りました。肉体的な限界は感じませんか。

踊り方だったり、バリエーションの付け方だったり、いまも進化しています。自分のピークはまだ先だと思う。

以前は若くして現役を退く人が多かったけど、最近は選手寿命が延びています。女子の第一人者、福島あゆみさんは39歳ですが、『お掃除スタイル』という雑巾掛けからヒントを得たオリジナルな動きで存在感を発揮している。

自分もまだまだやれる自信はありますよ。

――年齢を重ねて表現力も高まりますね。

そうですね。5年前からパーソナルトレーニングを受けています。B-BOYでトレーニングをしている人はあまりいない。いまの踊り方を長く続けたいから、体の強度を高めようと始めた。

(効果?)感じますね。負荷がかかる踊りも大丈夫です。

それと、昨年の全日本選手権の直前、右の太ももの付け根を肉離れしてしまった苦い経験があるので、体のケアには注意しています。幸い、弟が柔道整復師と鍼灸の資格を持っていて面倒みてもらっています。

――パリ五輪は集大成になりますか?

大きな通過点ですね。五輪以外にも大きな大会はある。五輪は個人バトルだけど、団体戦の大会もありますから。仲間と一緒に踊るのは楽しい。こちらにも力を入れていきます。

人生を通して、ブレイキンを追求したいし、世の中におけるブレイキンの地位向上にも努めたい。現状は大きな大会に勝っても賞金が少ないから、インストラクターをしなければ生活できません。せっかく、注目されているのだから一気にメジャーにしたい、そんな夢があります。

――義務教育でダンスが必修となり、早くからブレイキンやヒップホップに夢中になる子供もいます。最後に何かアドバイスを。

幼いうちから競技として取り組めば技術は高まりますね。実際すでにそうなっている。

でも、正直言ってブレイキン一筋っていうのはどうかなと思います。他のダンスやスポーツも楽しんでほしい。

自分はクラシックバレエをしていましたが、それがすごくいい経験になっています。柔軟性とか、足技とか。表現力にも生きている。いろいろな経験を積んでほしいですね。

おかだ・しゅうへい

1989年12月、前橋市生まれ。前橋五中-前橋南高-群馬大教育学部卒。全日本ブレイキン選手権で昨年3位に入り、今年は準優勝した。全日本強化指定選手Aランク。ダンサーネームはドラゴンアッシュの歌から「SHADE」。