interview
聞きたい
【聞きたい 小林香菜選手▶2】
運動音痴が駅伝にはまる
2025.05.06
東京で9月に開かれる世界陸上選手権で女子マラソンの日本代表に選ばれた小林香菜選手。幼いころから足が速かったかと思いきや…。陸上を始めたのは半ば強制的に練習させられた中学時代からだった。
東日本女子駅伝で区間2位
――小さいころから足が速かったのでしょうか。
いえ、運動音痴でした。家族全員(笑)。体育の授業は大嫌いでした。運動会も全然だめ。球技は特に苦手でしたね。
幼稚園のときからスイミングスクールに通いましたが、姉が先に始めていて、健康のために少しくらい運動した方がいいからといった感じでした。
――中学ではそのまま水泳部に入ったのですね。
種目は自由形でした。前橋市の大会では下から数えた方が早かったです(笑)。
――陸上に転向したのはなぜ?
秋になると、市の駅伝大会のために運動部は全員集められ練習させられます。
嫌々だったけど、走ってみたら結構、速く走れて自分でも驚きました。運動が初めて楽しいと思えるようになりました。
それで、中2の12月から陸上部に移って、本格的に長距離の練習をするようになりました。日体大陸上部出身の岩崎真人先生が顧問にいて、熱心に教えていただきました。
▲群馬県選手権で優勝した小林選手=2022年7月
――すぐに頭角を現します。中学3年生では3000㍍でジュニアオリンピックに出場しました。
決勝に進んだのですが、スタートで他の選手と足が引っ掛かって転倒しちゃいました。入賞を狙っていたので悔しかったですね。
――駅伝でも活躍しました。
東日本女子駅伝に出場し、8区で区間2位でした。区間賞とは1秒差。同時にスタートしたのではなかったので、走り方がよく分からなかった。レースの経験が少なかったことも影響したでしょう。ゴール後に余力があっただけに、すっごく悔しかった。
でも、駅伝って楽しいなと好きになりました。
▲鳴門市大塚スポーツパークの前で
――全国トップクラスの選手になりました。陸上の強豪高校から勧誘はあったでしょう。
いくつか話はありました。もちろん、陸上を本格的にやりたい気持ちもありましたが、もともと運動音痴ということもあって、自分に自信がなかった。
親にも「無理じゃないか」と言われて、そうかなと…。レベルの高い高校ではやっていけないだろうと諦めました。
小林香菜(こばやし・かな)2001年、前橋市生まれ。前橋三中-早稲田大本庄高等学院-早稲田大法学部卒。大学では陸上サークルに所属、市民ランナーとして活躍する。2024年、大塚製薬陸上競技部に入部。防府読売マラソンで優勝する。


