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【萩原朔美の前橋航海日誌vol.16】「故郷とは言葉の中にある」
2022.10.03
前橋の言葉といったら、何と言っても「水と緑と詩の街」だ。
詩人を何人も輩出した全国でも珍しい地域だから、「詩の街」のネーミングは腑に落ちる。県外の人が大抵このキャッチフレーズを話題にして羨ましいがるのは、分かる気がする。
知らない土地を訪ねた際、駅を降りて、最初に目に飛び込んでくる文字は印象深い。凡庸な文字に出迎えられると、凡庸な街に来たみたいな気持ちになってしまうのだ。前橋駅南口には、「水と緑と詩の街」が掲げられてあり、どうだと睥睨していていい。
次に思いつくのは「前橋市民憲章・市民の願い」だ。
「この環境を楽しみ、守り、育て、将来の世代に引き継いでいくことは、わたしたちに与えられた権利であり、責任でもあります。」
この憲章はまあ、当たり前でどこでも同じ思いとしてあるから、特徴ある文字列ではない。個人的には、前橋だけにある、これだけは守り育てようと言う憲章が新しく作られないだろかと、勝手に思い描いている。
故郷というものが地理のことではないとしたら、それは言葉の中にあるのではないだろうか。家ではなく家訓の中に、国土ではなく憲法の中に、社屋ではなく社是、校舎ではなく校是という言葉の中に学校が存在する。
「水と緑と詩の街」という言葉は故郷なのではないだろうか。帰りたくなる、思い出の詰まった、夢に出てくる故郷ではないだろか。
故郷とは、言葉の中に美しく広大にひろがる、心のことである。
萩原朔美(はぎわら・さくみ)
1946年11月、東京都生まれ。寺山修司が主宰した「天井桟敷」の旗揚げ公演で初舞台を踏む。俳優の傍ら、演出を担当し映像制作も始める。版画や写真、雑誌編集とマルチに才能を発揮する。昨年、世田谷美術館に版画、オブジェ、写真のすべてが収蔵された。著書多数。現在、多摩美術大学名誉教授。2016年4月から前橋文学館館長。2022年4月から、金沢美術工芸大客員教授、アーツ前橋アドバイザー。
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