interview
聞きたい
【聞きたい飯塚花笑監督/後編】
キャストを虜にした前橋グルメ
錦戸亮も出演「ブルーボーイ事件」
2025.09.19
映画『ブルーボーイ事件』は、1960年代に起きた実際の裁判をもとにした社会派作品。前編では前橋のロケ地を紹介した。後編では、主演に新人俳優を抜擢した理由や当事者キャスティングへの思い、そして撮影を支えた前橋の食や宿泊の記憶を語ってもらった。生まれ育った街で映画を撮った監督の前橋愛もにじみ出た。
(取材/阿部奈穂子)
当事者キャスティングへのこだわり
――役柄と同じ背景を持つ人を、実際にその役に配役する「当事者キャスティング」にこだわったそうですね。
はい。トランスジェンダーの役を描く以上、当事者が演じなければならない。なぜなら、その人が持っている肉体性や経験から来る演技のリアリティは、シスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と、自身が認識している性別が一致)の俳優では体現しにくいと今回の企画では特に感じていたからです。
また映画界ではトランスジェンダーの俳優が役をつかむのはとても難しく、排除されてきた歴史がある。その中で実際に存在した事件を描く以上、当事者をキャスティングするのは必然だと考えました。
▲主役のサチ役は兵庫県在住の中川未悠さん
――演技経験のなかった中川未悠さんを主役のサチに抜擢した理由は?
出演者のオーディションは長期のワークショップ形式にして、伸びしろを見るようにしました。
決め手となったのは法廷での証言シーンを演じてもらったこと。数ページにわたり自分の出自や人生を吐露する、とても重要な場面。ここが成立しなければ映画全体が崩れるくらい大事なシーンでした。中川さんは当事者としての経験と台本の言葉が融合して、まるで自分の体験を語るように演じてくれた。その瞬間、「これは勝てる映画になる」と確信し、即決しました。
▲法廷で証言する大切なシーン
錦戸亮さん参加はかん口令
――人気俳優の錦戸亮さんも出演されていますね。
弁護士の狩野役を演じています。狩野は、事件に深く関わっていく重要な人物で、サチが法廷に立つ際の支えとなる存在です。
――錦戸さん登場で前橋の街はパニックになりませんでしたか?
ロケ終了まで錦戸さんの参加についてはかん口令が敷かれていて。ロケで突然出会った市民の方は「キャー」っと叫び声を上げたり、思い切り手を振ったりしていましたね。
▲弁護士、狩野役を演じた錦戸さん。弁護士事務所は大手町の空きビルを使った
――キャストやスタッフはどちらに宿泊したのでしょう。
9割のスタッフとキャストは前橋ホテルに泊まりました。あとは田中屋旅館にもお世話になりました。セットの建て込みから入っているスタッフは2カ月近く。ほかのスタッフ、キャストは1カ月間ほど滞在しました。
▲まちなかに建つ前橋ホテル。多いときには100人のキャスト、スタッフが宿泊
大人気だった「たぬき」の肉じゃが
――皆さんがよく食べた前橋グルメといえば?
前橋ホテル近くの「にんにく屋」、居酒屋「たぬき」、食堂☆酒バ「ココソーレ」、「みやたや」はよく行きました。みやたやの定食は「東京だったら倍するぞ」と話題になるくらい人気でした。「モアスープ」の平飼い卵の厚焼きサンドも評判で、撮影の合間に買いに走ったり。
キャストが一番通っていたのは「たぬき」かな。あの大きな肉じゃががとても好評で。主演の中川さんも大好きで撮影後に別件で群馬に来たとき、わざわざ肉じゃが目当てに「たぬき」に立ち寄ったほど。
▲「たぬき」の肉じゃが
▲「モアスープ」の平飼い卵の厚焼きサンド
――錦戸さんは?
目立たぬようなるべくひっそりお食事されていましたが、「ココソーレ」ではスタッフさんからサインを下さいと言われて。多分、お店に飾ってあると思いますよ。
――夕飯は撮影終わりで遅かったのでしょうね。
撮影スタッフは馬場川通りの蕎麦屋「亀甲」によく行っていました。亀甲の2階は広い空間で、テーブルをつなげてもらって大人数で飲み会ができる。夜遅くに行くと翌日用に手巻き寿司を作ってくれるのも嬉しくて。がっつり食べたい日は「親方ホルモン」かな。
▲「亀甲」のもりそば
▲錦戸さんも通ったココソーレ
――朝食はどうされましたか。
前橋ホテルのロビーに「だんごの美好」さんのおにぎりが用意されていました。朝早くから対応してくれて、本当にありがたかったです。
――逆に前橋のロケで大変だったことは?
ホテルの数が少ないことですかね。常に50人、多いときは100人近くいたので、受け入れられるホテルは限られる。連泊で割引していただくなど、柔軟に対応してくださった前橋ホテルさんには感謝しています。
あとは日曜日になると食べるところが少ない。お店が休みで、皆ちょっと困ってましたね。
▲映画でも食卓シーンが…
その場の空気を変えた証言シーン
――ずばり映画の出来栄えはどうですか。
私が長年温め続けていたテーマでその世界観を十分に表現できました。さらに前作の20倍近くお金がかかっていますし、著名なキャストも多く参加してくれました。今までと注目度が桁違いで、反響の強さをすでに実感しています。お客様に届いてこそ本当の結果ですが、確かな手応えがあります。
▲ブルーボーイ事件への思いを語る飯塚監督
――ここぞというシーンを挙げるなら。
やはり法廷のシーンですね。中川さんが本当に素晴らしい演技をしてくれました。その姿に錦戸さんや安井(順平)さんらベテラン俳優も感化されて、現場全体が熱を帯びた。演技に慣れている彼らでさえ、心を動かされたんです。本当にいい絵が撮れたと思います。
▲圧巻の演技をみせた中川さん
――この映画は世界に羽ばたきますね。
まずは11月の公開で国内の方々に見てもらって、海外の映画祭にもどんどん出品していくので、世界の観客にも見てもらい、前橋のことを知ってもらえるきっかけになれば嬉しいです。
――監督の、生まれ育った前橋への思いも満ち満ちているのでは?
はい、満ち満ちています。これまで「なぜ前橋が好きなのか」を考えたことはあまりなかったんですが、今回の撮影でわかった気がします。
新しいものがどんどん登場する一方で、「古き良きかっこいいもの」が残っている。そして新旧が共存している。そのバランスがすごくいい街だと思いました。私は幼少期から古いものが好きで、昭和レトロのかっこよさに惹かれたタイプなんです。だから自然と前橋の町並みにも心を動かされ続けてきたのでしょうね。
『ブルーボーイ事件』を撮ったことで、より一層前橋が好きになりました。
▲前橋市出身の飯塚監督。映画への熱い思いが…
映画『ブルーボーイ事件』とは
1960年代後期、東京オリンピックや大阪万博で沸く高度経済成長期の日本。国際化に向け売春の取り締まりを強化する中、検察は性別適合手術を行った産婦人科医を優生保護法違反で逮捕。かつて実際に起きた“ブルーボーイ事件”をもとに作られた。
当時、売春防止法は女性にしか適用されず、男娼は法の空白に置かれていた。その存在は社会の偏見にさらされ、見せしめのように医師が裁かれた。映画はその裁判に向き合う人々の姿を通じ、性と人権を問い直す。主人公サチは証言を求められ、弁護士、狩野と共に法廷に立つ。愛と尊厳をかけた戦いを描く社会派エンターテインメント。
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