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【追悼】前橋を愛し続けた
田中敦子さんへ

2024.08.21

【追悼】前橋を愛し続けた
田中敦子さんへ

 初めて会ったのは2022年3月15日。東京・新宿にある所属事務所のロビーだった。「映画と音楽」をテーマに据えた前橋新聞me bu ku第4号の取材。

 待ち合わせの15分前に到着したら、田中さんは既にロビーの椅子に座って待っていてくれた。「申し訳ありません。お待たせしてしまい…」と言うと「いえいえ、私が早く着いちゃっただけなんです」と気さくな笑顔。緊張が一気にほぐれた。

 田中さん演じる草薙素子は早口でセリフを言い放つ強い女のイメージだが、素の田中さんはゆっくりおっとりと話す。「中学はどちらでした?」と聞くと「南橘中です」。これには驚いた。私の一年先輩だ。「〇〇さん知っています?」「〇〇先生はお元気ですか?」。共通の知り合いが大勢登場し、いきなり同窓会トークに早変わり。約束の取材時間45分はとっくに過ぎ、あっという間に2時間が経過した。

 「昔の楽しい話をすると、オキシトシンという幸せホルモンが出るんですって。あー、今日は幸せがいっぱい」。田中さんの言葉は常にポジティブだ。

▲田中さんの代表作。攻殻機動隊の草薙素子

 帰り際、一つお願いをされた。「私はこれまでずっと自分のために生きてきました。いまは故郷、前橋に恩返しがしたい。でも伝手がないんです。何か、声のお仕事でお役に立てることないかしら」。大女優からそんな依頼を受けるとは意外過ぎて、思わず、「任せてください」と口から出てしまった。

 闘病生活に入られたのはそれから一年半後。田中さんの魂が「最期に故郷、前橋とつながりたい」と促したのかもしれない。

 新聞が発行になり、田中さんの記事は大きな反響を呼んだ。そんなとき、前橋花火大会事務局から、「田中さんに大会のゲストに来てもらいたい。つないでほしい」という問い合わせが来た。すぐに本人に連絡を取ったところ、「光栄です。前橋花火大会は子どものころよく見に行ったんですよ」と快諾してくれた。はからずも田中さんとの約束を果たせることになった。

 花火大会当日は、田中さんが小川屋で浴衣を選び、着付けをしてもらう間、ずっとカメラを抱えて待っていた。浴衣姿の田中さんは「年を取るのを忘れてしまったのではないの?」と思うほどの若々しさ、凛々しさ。「懐かしいわ」と言いながら中央通りを歩いた。

▲前橋・中央通りで

▲2022年の前橋BOOK FESで

 前橋BOOK FESのゲスト、ヒストリア前橋のナレーターなど、前橋で活躍する田中さんの姿を度々、拝見するようになった。この10月、再び、前橋BOOK FESが開かれる。「そのときまたお会いできるな」と楽しみに思っていた矢先の、突然の悲報。

 「田中さんは何歳まで声優を続けようと考えていますか」。以前、質問したことを思い出した。「お仕事の依頼が来る限り、何歳でも」と。「尊敬する野沢雅子さんは80代後半。声優という仕事は年齢を重ねたら重ねたなりに演じることができるんです」

 80歳、90歳までの未来を見据えていた田中さん。まだまだやりたかった役柄はたくさんあっただろう。前橋の活動も増やしていきたかったにちがいない。61歳。早すぎる逝去が残念でならない。

 ヒストリア前橋に行けば、田中先輩の声に出会えますね。貴重な財産を前橋に残してくださり、ありがとうございます。

(前橋新聞me bu ku 阿部奈穂子)

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