【萩原朔美の前橋航海日誌vol.2】
風の通り道

風は見えない。だから映画では、翻るカーテン、波打つ樹の枝、洗濯物、舞い上がる砂塵、揺れ動く旗などで風を表す。風は何かを揺り動かして去っていくものなのだ。
  風は自分が動かした樹を忘れるけれど、樹は自分を揺らして去っていった風のことはいつまでも忘れない、と言う言葉が竹宮恵子さんの漫画にあった。多分、人も自分を追い抜いていった風のことはいつまでも忘れないと思う。
  前橋が詩人を多く輩出しているのはこの風が原因だ。わたしは勝手にそう信じてる。小学校の校庭に強い風が吹くと争いが増えると言う事例が、ライアル・ワトソンの「風の博物誌」に出ていた。風は人の心に深く作用するものなのだろう。 
  前橋はあちらこちらに旗が揺らめいている。全ての道を、風が主役のように通るからだ。
  公園のベンチに座ると風が隣りにやってくる。風は見えない郵便配達人だ。誰からの手紙かを考えるのが楽しみである。
  前橋では、風に吹かれる人を詩人と呼ぶのである。

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