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【萩原朔美の前橋航海日誌Vol.50】
「思い出に揺れる前橋の10年」

2025.10.05

【萩原朔美の前橋航海日誌Vol.50】 
「思い出に揺れる前橋の10年」

  萩原朔美さんのエッセイと写真で前橋を航海する「萩原朔美の航海日誌」。前橋新聞me bu kuが創刊した2021年7月以来、月に1回のペースで投稿いただき、今回で50回目となりました。俳優、演出、映像制作に版画、写真、雑誌編集とマルチに才能を発揮、詩人にもなったマルチタレントが水先案内人となる企画は時に笑わせ、時に考えさせられます。これからも航海をお楽しみください。

 

 「歴史なんて嫌いだ、思い出が好きだ。国なんて嫌いだ、人が好きだ」

 私が23歳の時に演出した、「時代はサーカスの象に乗って」と言う芝居のセリフだ。

 最近何故か浮かんできた。確かに、自分も歴史よりも思い出が好きだ。ふと、前橋での忘れられない思い出とはなんだろうか、と思った。前橋生活が10年目になろうとしている。

 子供の頃の思い出はすぐに浮かんだ。敷島公園の詩碑の除幕式で白い布を引っ張ったのが、小学生の私だ。マスコミのカメラのシャッター音が波のように押し寄せて来たのを覚えている。

▲萩原朔太郎の詩碑除幕式で大勢のマスコミに囲まれる

▲母親の萩原葉子さんと。手にはカメラを持っている

▲まだ青春真っ盛り

 次に浮かんだのが片原饅頭。

 あのへぎを剥がして食べる瞬間鼻に滑り込んでくる麹の匂いが好きだった。

 文学館に来て10年。まだ10年か。もう10年か。私はいつまでも忘れない思い出を一つでも作っただろうか。そう改めて考えると、まだまだのような気がしてくる。

 もう、思い出になるような事には関われないような気もしてくる。後期高齢者は、まるで青春真っ盛りのように心を揺らしているのである。

 

Sakumi Hagiwara

▲詩碑は1955(昭和30)年5月、萩原朔太郎の十三回忌に建立された。ばら園北東部にある

萩原朔美(はぎわら・さくみ)

 1946年11月、東京都生まれ。寺山修司が主宰した「天井桟敷」の旗揚げ公演で初舞台を踏む。俳優の傍ら、演出を担当し映像制作も始める。版画や写真、雑誌編集とマルチに才能を発揮。世田谷美術館に版画、オブジェ、写真のすべてが収蔵されている。著書多数。多摩美術大学名誉教授。2016年4月から前橋文学館館長(現在は特別館長)。2022年4月から金沢美術工芸大客員教授(現在は客員名誉教授)、2023年7月から前橋市文化活動戦略顧問。