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「灰になった街」公演を振り返って
1年間の団員たちの記録

2025.08.04

「灰になった街」公演を振り返って
1年間の団員たちの記録

 まえばし市民ミュージカル「灰になった街」が8月2日、3日の公演を終えた。会場となった昌賢学園まえばしホール大ホールは定員1200席が両日とも満席。立ち見が出るほどの盛況だった。昨年8月のオーディションを皮切りに、1年間かけて準備を重ねた団員たちの歩みを振り返る。
(取材/阿部奈穂子)

舞台が生活の中心だった

 2015年、2023年に続き3度目の公演となった「灰になった街」は、演出・技術の面でさらに進化を遂げた。舞台装置、音響、照明はスケールアップし、楽曲も前回から2曲増えて全16曲に。演奏は菊地友夏さんの緻密かつ迫力あるシンセサイザーが全編を力強く支えた。

▲今回加わった曲「Wonderful town」

 出演者は10歳から71歳までの市民68人。歌や演劇の経験者はいても全員がアマチュアだ。本番までの1年間は、週1~2回の公式練習に加え、自主的に会場を確保して集まる姿も珍しくなかった。

 3時間以上に及ぶ本編の通し稽古を6回も繰り返し、「この1年間は舞台が生活の中心だった」と語る出演者もいた。年齢も職業も異なる人々が舞台を通してつながり、強い団結力が生まれていった。

▲桑町の人々。劇中では激しい喧嘩シーンもあるが、仲の良さは抜群

 総監督の新陽一さんは、「今回は男性出演者が少なかったが、年齢層のバランスが良かった。特に子役が素晴らしかった」と振り返る。

 全員女子ながら、やんちゃな少年役を自然に演じきった。中でも、防空壕でただ一人生き残った少年・弘が、亡くなった人々の体の上をよじ登りながら「みんな、起きてよ」と泣き叫ぶ場面は圧巻で、「あの情景をここまでリアルに表現できるとは」と新さんを唸らせた。

▲「ココアってアメリカのお汁粉だよ」と子どもたち

▲防空壕で一人生き残る弘。泣き叫ぶ声がいつまでも耳に

前橋のレ・ミゼラブルに

 チケットやパンフレットのデザイン、印刷手配も団員たち自身の手で行われた。舞台メイクに挑戦するのも初めてという人が多く、ファンデーションを塗り、眉を描き、シャドーやハイライトをのせる工程に戸惑いながらも、「すべてが楽しい経験だった」と語る男性団員もいた。

 衣装にもこだわりが詰まっている。理研の研究員が着る白衣には紅茶で染めを施し、使い古された質感を再現。女性の衣装や男性のネクタイも、昭和の図柄や当時のスタイルを忠実に再現し、衣装係が細部まで丁寧に整えた。

▲白衣は紅茶染めで

 単に演じるだけでなく、歴史を学ぼうとする姿も見られた。「前橋空襲と復興資料館」や「ヒストリア前橋」「比刀根橋防空壕」などを訪ねる団員も少なくなかった。舞台を通して、戦争を知るきっかけが広がっている。

 観客として作品を観ることも、出演者として舞台に立つことも、前橋空襲や戦争の悲劇を“追体験”する機会となる。そうして得た気づきや感情がまた、次の誰かに受け継がれていく。

▲特攻兵と女学生との叶わぬ恋も描かれる。

 この舞台の最大の魅力は、団員たちが必死に練習した歌の力。作詞は新さん、作曲は前橋市出身の音楽家・神山奈々さん。一幕の最後に歌われる「特攻隊が行く」は、特攻兵や前橋高等女学校生、理研研究員、桑町の住民たちの思いが四重唱で交錯する名場面だ。

 「ミュージカル『レ・ミゼラブル』の名曲『One Day More』をイメージしてくださいと、神山さんにお願いしたんです」と新さんは明かす。

 願わくば、「灰になった街」も、“前橋のレミゼ”として、時代や世代を超えて歌い、演じ継がれていってほしい。

▲人々の思いが交差してハーモニーとなる「特攻隊が行く」