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学びたい
【連載▶5】赤城山と青い空が好き
前橋に高層マンションは必要か
2025.01.08
夢の旧駅舎と噴水の復元
JR前橋駅北口を降り立った。右手のロータリー内では17階建てのマンション「サーパス前橋駅前」の工事が進んでいる。
国立市での取材を思い出し、しばし空想した。
1世紀前に建てられた洋風木造建築の旧前橋駅舎が蘇った。噴水も復活した。男女の像が並んで立っている。駅舎の待合室だったロビーでは萩原朔太郎の詩の朗読とマンドリン演奏のコンサートが開かれ、市民や観光客を楽しませている。
マンション建設は途中で中止となり、土地は市が買収した。市民の根強い要望に事業者が応えてくれたのだ。寄付金も集まり、みんなの広場となった-。
現実に戻ろう。けやき並木を北へ、中心街に向かって歩く。群馬県庁まで1・5㌔の間に210本が植えられている。新緑の初夏、紅葉の晩秋が美しいが、葉をすべて落とした真冬の荒涼とした風景も清々しい。
五差路を左手に折れ、県庁方向に進む。ありきたりのビルの合間に、斬新な建物が現れた。すっかり中心街のラウンドマークとなった白井屋ホテルだ。
マンション阻止した白井屋
10年前、長らく休業中だった白井屋は取り壊される運命にあった。都内の不動産会社に渡り、マンション建設の計画が持ち上がっていた。
危機を救ったのがジンズホールディングスCEOの田中仁さん。白井屋は江戸時代に創業した名旅館。「地元のクリエイターがまちなかのあの場がマンションになったら前橋はもっとつまらなくなってしまうと危惧し私に訴えてきて、『勢い』で購入した」と振り返る。2014年6月のことだった。
潜在需要があると読み、ホテル建設を構想したが、専門家はみな「無理だ」と口をそろえる。ならば、自分でやるしかない。起業家魂に火が付き、再生プロジェクトを立ち上げた。
「ホテルはまちとともにある」とあるコンサルから指摘された。前橋はどんなまちか。自問自答したが答えられなかった。
ぼんやりしていた前橋のビジョンを策定することから手掛けた。そうして生まれたのが「めぶく。」。さまざまなものが芽吹き、未来を創っていくまちであることを糸井重里さんが単純明快な言葉で表現した。
馬場川、中央通りに活気
プロジェクトには国内外の名だたる建築家やデザイナー、アーティスト、料理家が巻き込まれていった。白井屋の武骨な建物をリノベーションしたヘリテージタワーと馬場川沿いの緑の小山に客室が覗くグリーンタワーの2棟が完成。ホテル全体がアート作品になり、ここでしか味わえないグルメもそろった。
2021年12月。プロジェクト開始から実に6年半もの年月を費やした。
生まれ変わった白井屋ホテルは中心街再生のシンボルとなった。馬場川通りにはブルーボトルコーヒーが地方で初めて進出。民間の力で整備され、レンガ敷きのモダンな通りとなった。
クリエイターが心配した通り、ホテルではなくマンションになっていたら、どうだっただろう。
馬場川通りから中央通りへ。ハンドメイドパスタの「グラッサ」、海鮮丼の「つじ半」、欧風カレーの「月の鐘」。行列のできる飲食店が続々と誕生した。「無印良品」や「手紙舎」もでき、通りは活気を取り戻した。
中心街、高さ制限は一部
中央通りから弁天通りを抜け、広瀬川河畔を散策する。右岸はすっかり整備され、歩いて気持ちがいい。
一帯は「広瀬川河畔景観重点地区~朔太郎の散歩道~」に指定され、さまざまな規制が掛けられている。
高さ13㍍、延床面積1000平方㍍以上の建築物は低層部を開放的なデザインとし、植栽を施すなど公共性の高い景観形成を心掛けることとされている。
河畔を挟んで右岸に14階建て、左岸に12階建てのマンションがある。ともに1階は洒落た料理店があり、公共性に配慮している。
右岸のうち、区画整理事業が進む千代田町3丁目は地区計画が策定され、高さ16㍍を超える高層建築は建てられなくなっている。14階建てのマンションは計画策定のはるか前に建てられた。
その他のエリアは高さ制限がない。周辺が整備され魅力的な空間になれば、それだけデベロッパーの事業意欲をかきたてられる。
広瀬川河畔だけではない。それは中心街全体に言えること。高層マンションが建つ可能性は否めない。
盛岡市のような条例や地区計画の策定が必要ではないか。赤城山と青空を失いたくない。