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鈴木貫太郎を語り継ごう
大河ドラマの主人公を目標に

2023.12.16

鈴木貫太郎を語り継ごう
大河ドラマの主人公を目標に

太平洋戦争を終戦に導いた前橋市ゆかりの元首相、鈴木貫太郎(1868~1948年)の功績を後世に伝えようと、市民有志が12月16日、「前橋鈴木貫太郎顕彰会」の設立準備会を開いた。鈴木の命日である来年4月17日に正式発足する。主人公にしたNHK大河ドラマの放映を目標に掲げ、千葉県野田市にある記念館復興の支援、前橋市内への顕彰施設の設置、シンポジウムやインターネットでの情報発信にあたる。

太平洋戦争の終戦に尽くす

鈴木貫太郎は9歳の時に前橋市に移り住み、桃井小、旧制前橋中(現群馬県立前橋高)に通った。太平洋戦争が敗色濃厚となる中、77歳で首相に就いた鈴木は本土決戦を唱える軍部を抑え、御膳会議で昭和天皇の「聖断」を仰ぐ形で終戦を実現した。二・二六事件に加え、終戦時も命を狙われながら、日本の平和のために尽くした。

▲二・二六事件で襲撃される鈴木

▲終戦を決めた御前会議

▲桃井小に残る鈴木が揮ごうした石碑。「正直に 腹を立てずに 撓(たゆ)まず 励め」 

顕彰会を来春発足、会長に腰高さん

顕彰会は桃井小や前橋高出身者を除くと知名度の低い鈴木の偉大な功績を多くの市民に知ってもらおうと、カラオケボックス「まねきねこ」を展開するコシダカホールディングス社長の腰高博さんが中心となって結成を呼び掛けている。

▲「終戦は奇跡だった」と鈴木を讃える腰高さん

準備会で顕彰会の会長に就任した腰高さんは「『まねきねこ』の沖縄の店から見える場所で何千人もの人が亡くなったと知らされた。本土決戦になったら、どれほどの犠牲が出たことか。戦争を止めてくれたことは奇跡だった」と改めて鈴木の功績を讃えた。

続いて、今年5月に野田市の記念館を訪れたものの、2019年の台風19号で被災し休館していたことにふれ、「何とかしないといけない」と顕彰会設立を思い立った経緯を紹介、協力を求めた。

▲鈴木の孫の道子さん(前列中央)

鈴木の孫で音楽評論家として活躍した道子さん(92)と11月に面会した宇井正典さんは「歴史上の人物の孫というオーラがあり、聡明で理路整然としていた。『前橋に行きますよ』と言ってくれた」と報告した。

役員を選出し今後の活動内容を確認した後、群馬地域学研究所の手島仁代表が「鈴木貫太郎と現代」と題して講演した。

▲講演する手島さん

鈴木貫太郎(すずき・かんたろう)

1868年、大阪生まれ。千葉県から前橋に移り、桃井小、旧制前橋中で学んだ。海軍兵学校に進み、日清、日露戦争に従軍。連合艦隊司令長官などを歴任後、侍従長として昭和天皇に仕えた。1936年の二・二六事件で銃撃されたが一命を取り留める。1945年4月、首相に就任、同年8月、ポツダム宣言を受諾した。1948年、幼少期を過ごした千葉県関宿町(現野田市)の自宅で死去する。享年81歳。