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聞きたい

前橋の景色 海を渡る
飯塚花笑監督に聞く<後編>

2026.04.18

前橋の景色 海を渡る 
飯塚花笑監督に聞く<後編>

 イギリスでの上映後、客席から大きな拍手が湧き、観客は次々に立ち上がった。飯塚花笑監督はその光景に涙が出たという。前橋で撮った映画はなぜ海を渡り、人々の心を動かしたのか。前橋で過ごした制作の日々が作品に与えたもの、そして次に見据える新たな物語を聞いた。
(取材/阿部奈穂子)

「おーい前橋、ここまで来てるぞ」

――前橋で撮った作品が世界へ届いています。いま改めて前橋をどう見ていますか。

 ブルーボーイ事件は昭和30年代の設定なのですが、海外の観客が「時代性がよく再現されている」と言ってくれるんです。前橋を見たことのない人たちにも、前橋に程よく残る昭和感が伝わったみたいです。それが不思議でもあり、すごくうれしいですね。

 前橋の街でロケハンを重ね、スタッフが歩き、撮影していた日々を思い返すと、「前橋からずいぶん遠くまで来たな」と感じます。誰に向かってというわけでもないけれど、「おーい前橋さん、ここまで来てるぞ」と声をかけたくなるような気持ちです。

▲前橋で撮影中の飯塚監督

立ち上がった観客たち

――海外で特に印象に残った出来事は。

 イギリスでのスタンディングオベーションです。200人ほどの劇場でしたが、エンドロールが終わって明かりがともった瞬間、拍手が起きて、みんなが立ち上がった。巡回上映を30年以上続けてきた現地の方が「スタンディングオベーションは初めて」と話していて、劇場のスタッフも驚いていました。

 あれはぐっときました。泣けました。

――なぜそこまで刺さったのでしょう。

 クィアコミュニティー(性的少数者の当事者や支援者)の観客が多く来ていた印象があります。性的少数者を描く作品への感度が高い人が会場に多かったのも要因かもしれません。心を動かされて、拍手し、立ち上がってくれたのかもしれませんね。

▲「当事者キャスティングも高評価だった」と飯塚監督

自分の芯は変わらない

――日本でスタンディングオベーションは?

 それはありませんが、都内の劇場で自然に拍手が起きることはありました。特別にイベントや舞台挨拶が無いのに、劇場で拍手が起きるのは経験したことがない。映画を作る以上、見た人の人生にとって意味のある時間であってほしい。その手応えが目に見える形で返ってくるのは、やはり報われます。

――大きな反響を受けて、ご自身は変わりましたか。

 何も変わらないです。毎回同じように映画を作って、育てて、届けて、その反響を次のエネルギーにする。その繰り返しです。評価が高ければもちろんうれしい。でも、自分の芯は変わりません。

▲立川町通りのスタジオ6.11の前で

前橋での時間が作品を育てた

――今回の制作では、スタッフもキャストも全員、前橋に滞在しました。それも映画に良い影響を与えた?

 本当にそうだと思います。スタッフたちが大挙して前橋を訪れ、この地で楽しそうに過ごしていた。東京の撮影は、みんな始発で集合場所に行って、ロケバスに乗って現場へ運ばれる。重たい空気なんです。昔の炭鉱夫じゃないですけど、トロッコでほの暗い労働場に連れていかれるような。

――「ドナドナ」が聞こえてきそうですね。

 まさに(笑)。でも前橋では、まちなかのホテルの一階に降りればバスが待っていて、撮影が終わればホテルに戻って、シャワー浴びて、着替えて、みんなで街へ出て食事をしました。ハウゼビルのように歩いて行けるロケ地もありましたし…。肉体的な負荷も少なく、余力のある状態で作品に望めました。

 ご飯を食べながら建設的な話をして、愚痴も聞き合って、翌日に向けて整える。あの時間が作品に反映されないはずがありません。

▲撮影終了。主演の中川さんと。

次に見据える前橋発の物語

――この作品を経て、次に撮りたいものは見えてきましたか。

 やりたい企画はたくさんあります。その中でも、この映画をきっかけに前橋のことがよりわかり、前橋の人たちとのつながりもできた。そのご縁の中から、また一本撮れないかという思いは、以前より具体的になりました。直近で動きそうな企画は東京が舞台になりそうですが、別に前橋が舞台の企画も進んでいます。

――どんな企画ですか。

 移住をテーマにしたドラマです。新しい土地を選び、自分の手で暮らしを整え、地域のコミュニティーに入っていく。その過程には物語がある。第2の人生を始めるような爽快感があるんです。

 群馬は移住地として魅力があるし、実際に面白い移住者も多い。僕自身もUターンで東京から移住してきましたし…。赤城南麓のような場所を舞台に、道の駅での買い物や地域の小さな交流まで含めて、暮らしの魅力を映したい。映画かドラマかはまだわかりませんが、そういう作品を必ず作れると思っています。

▲再び前橋発の映画を作りたい、と飯塚監督

前橋の景色 海を渡る 飯塚花笑監督に聞く<後編>

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