interview
聞きたい
【どうなる群馬県民会館▶3】
前橋工科大准教授、臼井敬太郎さんに聞く
2025.01.23
シリーズ第三回は前橋工科大工学部建築学科の准教授、臼井敬太郎さんに話を聞いた。臼井さんは学生や一般向けに群馬県民会館の建築ツアーを10年間にわたり実施している。
(取材/阿部奈穂子)
凱旋門のないパリになる
――群馬県民会館は絶対に残すべきだとおっしゃっていますね。
歴史的にも大変意義のある建築です。戦後の群馬の歩みが再評価されるなか、ますます重要性を帯びてくるでしょう。それが私たち建築史を学ぶ人間の共通理解です。
県民の方々に群馬県民会館の大切さが伝わりきっていないとすれば残念でなりません。他方で、県民会館との向き合い方が広く議論され始めているのは希望です。それは、文化県であることの証と言えるでしょう。
――県民会館に入っていくと、気持ちが高揚します。
それが建築の持つ力です。設計した岡田新一氏がものすごく気合を入れて作った作品だからかもしれません。岡田氏はその後、最高裁判所や警視庁の本庁舎を設計し、日本を代表する建築家として羽ばたいていくんですが、彼のデビュー作が県民会館。かけられた時間も注がれた情熱も桁違いなんです。そういうものが空間に憑依し、息づいています。
日本全国でまち作りや、建築文化の底上げに力を尽くしてきた岡田氏の起点になる作品が群馬にあることは、県民の誇りにつながります。
――もっと歴史ある建物に目を向けるべきですね。
昭和庁舎が群馬県庁の中に残っていることも、大変県外で評価され羨ましがられています。群馬が日本を近代化でリードした一つの形といいますか、象徴ですから。
同じように県民会館も、明治百年を記念し、蚕糸業で日本の近代化をリードしてきた県のプライドをかけて建てたものじゃないですか。明治の先人が築き上げた群馬の誇りを次世代に繋げていくという強い意思表示であり、記念碑です。その意味をよくよく噛みしめる必要があるし、私たちは後世に残していく責任があると思います。
――県民会館周辺の街並みも素敵です。
岡田氏は県民会館を「県都の顔」として作り、隣に商工会議所や県立図書館が建てられました。県民会館があってそこから県庁への道が通り、周辺にいろいろなものが作られてきたわけです。いわば前橋の街づくりの起点です。
県民会館がなくなってしまうということは、街の核がなくなってしまう、起点がなくなってしまうことです。パリを例にすると、『凱旋門のないパリ』みたいなことになってしまいます。
文化を守る砦を壊してはいけない
――先生が県民会館の建築ツアーを始めたのはいつからですか。
前橋工科大に着任してからなので、10年前です。学生からのリクエストで始めました。工科大の学生は県外出身者が多くて、3、4年生になって前橋のことがだんだんわかってくると、みんな気がつくんですよ。「この街の建築文化はものすごく豊かだ」と。その中でも圧倒的な存在感を放つ建築が県民会館なんです。
建築当時と現在では、建材費も人件費も比較になりません。当時のように、ふんだんに立派な石材を使えないし、仕上げに必ずしも十分な手間暇もかけられないわけです。県民会館は、1970年代の竣工当時とほとんど変わらない姿で残っている。大事に管理運営されてきたおかげですが、ほかでは、なかなか追体験できないことです。
――ツアーに行く度に新しい発見がありますか。
二つの顔を持っているところは特に魅力的です。西側は石でガチッと作った顔があります。「歳月とともに社会の形は変わるが、そういうものに迎合するだけではなくて、変わらないものも大事なのだ」という岡田氏の思いがあります。
それに対して、東側は開放的ですごく柔らかい顔になっている。公園や静かな住宅地に面していることへの配慮です。同じ建物に全く性格の異なるものが共存している例は、なかなか他では見られません。
建築の中に道が通っているのもおもしろい。ヨーロッパにはあちこちも広場があり、そこに賑わいが生まれるのですが、日本ではヨーロッパ的な広場を真似しても、なぜかうまくいかない。岡田氏はそのことを踏まえて、道を作ったんですよね、県民会館の東から西へ、通り抜けができます。気持ちがいいですよね、街並みを歩いていて、なんかそのままの感覚で入って、また抜けていってという。
――マルシェなどもできそうですね。
いいですね。半分屋外、半分屋内みたいな居心地の良さ、天候にも左右されない使い方ができますからね。県民会館を単なるホールだと考えるともったいない。本当はもっと自由に使ってほしいと岡田氏も考えていたと思います。
例えば、大ホールと小ホールの間のホワイエ(広い通路)の部分や、階段の部分も利用できる。演劇や演奏をホールの舞台上でなくても、あの開放的な空間や大階段を使って演じられたらいいと思います。舞台として、あるいは客席としてのひな壇が既に設計されているようなものですから。
――使い方次第ですね。
当たり前の使い方しかできないと、古い建物でいまの時代に合わないなどと言われてしまう。石造りのどこにもないインテリアをフルに生かし、新しい使い方の提案をどんどんしていくべきでしょう。
例えば、元旦の全国実業団(ニュー・イヤー)駅伝も、県民会館の前でぐるっと折り返したりするとすごくいい絵になる。そういう舞台装置にもなるモニュメンタルな建築だと思います。
――建物には群馬の風土も生かされているとか。
正面からみると、上部が張り出した、養蚕農家に見られる「せがい造り」になっています。群馬県の山間部などで見られるもので、群馬の原風景の一つをイメージさせるデザインです。
形もそうなんですけれど、石の造りという点も実は群馬らしさを表している。岡田氏は群馬の風土を観察し、スコットランドのそれにすごく似ているということに気がついたそうです。スコットランドといえば、やはりお城。石造りのお城を意識したのだと思います。確かに、窓の形などスコットランドのお城によく似ています。
現代の建築はガラス張りにしたものがとても多い。開放的で、民主的に見えるのですが、そればかりだと特徴のない街並みとなってしまいます。特に公共の建物は、強さや守っていくという意思の表れも必要です。
石造りの県民会館はまさに文化を守る砦。それを無きものにしてはいけません。