聞きたい さとやん3▶︎
開局30周年、故郷に戻る ラジオをもっと当たり前に

この人の「言葉」にどれだけ多くの人が勇気をもらっただろう。人生が変わった人だっているかもしれない。エフエム群馬で人気のDJ、内藤聡さん。人懐っこい顔立ちと巨体。「さとやん」「親方」とイジられながら、きょうも元気に絶叫する。

―エフエム群馬に移ったのは2015年4月。開局30周年を記念した改編の目玉として迎えられました。
 40歳になる年で、DJになって20年。もう腹をくくりました。実は以前から「群馬に戻りたい」って話していたんです。
 ―地元だけに知り合いが多く、逆にやりにくい面もあったのでは。
 プレッシャーはもちろんありました。なんせ、3時間半の長丁場を1人でやるわけでしょ。(移籍の)お話をいただいたときも、期待の大きさにひるんでしまいました。
 でも、大好きな地元で大好きな仕事ができ、豊かな自然のもとで家族と暮らせる。こんな恵まれたことはありません。
 ―三児の父。番組では子育ての話をよく取り上げますね。恋愛、介護、仕事、勉強…。リスナーにそっと寄り添い、「言葉」を送ります。
 子育ては現役ですから、喜びも辛さもよく分かります。アドバイスなんてできないけど、自分はこうしてるよ、こんな失敗しちゃったとは話せます。
 悩んでいる人、苦しんでいる人に上っ面で話したら傷つくでしょう。大したことは言えないけど、隣に寄せてもらえるような言葉を伝えるようにしています。
 辛い立場にいる人に「頑張って」とは言えません。プレッシャーになりますから。病床にいる人は毎日頑張っている。もうこれ以上頑張れない人もいるわけです。だから「踏ん張って」と言います。もうひと踏ん張りしましょうねって。これはどの世代にも突き刺さりますね。
 ―午前11時。番組が終わる直前に、「アテジャー(またね)」。最後の雄叫びに力を込めます。
 ラジオって人間性がすごく伝わる媒体だと思います。嘘はすぐにばれる。知ったかぶりはだめ。正直にやれば正直に伝わる。鏡みたいなものです。
 あぐらをかいたら終わりです。ボクは運がいいんですよ。人に恵まれてここまでやってこられた。ラッキーボーイです。
 ―DJはいつまでやりますか?
 厳しいなその質問(笑)。ラジオはずっとやっていきたいです。毎朝4時起きですから、辛いときもありますけど、「やめたい」と考えたことは一瞬でもありません。ラジオがいまよりもっと当たり前の存在になれるようがんばります。
「内藤、もういいよ」って言われるまでしがみつきます。そんなタイミングが来たらさみしいな。

 内藤聡(ないとう・さとし)

1975年6月、藤岡市生まれ。高校時代は野球部に所属。大阪芸術大在学中に放送業界に入る。大阪、神戸、名古屋、北海道のFM局でDJを務める。


 FM GUNMA

2020年『WAI WAI Groovin’』  月曜日―金曜日  7:30~11:00

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