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【特集 前橋×2025▶1】
歌舞伎の熱、映画から舞台へ
前橋で重なった『国宝』と7月の舞踊公演
2025.12.27
映画『国宝』が社会現象的なヒットを記録している。今年6月の封切から半年以上が過ぎた現在もロングラン上映が続き、邦画実写として22年ぶりに歴代興行収入の記録を更新した。その熱気は映画の成功にとどまらず、歌舞伎そのものへの関心として広がっている。前橋では7月、昌賢学園まえばしホールで歌舞伎舞踊公演が行われ、松本幸四郎と市川染五郎が武蔵坊弁慶と牛若丸を親子で演じた。いま起きている歌舞伎ブームは、前橋にとって「突然の出来事」ではなかった。
(取材/阿部奈穂子)
『国宝』が歌舞伎への関心呼び起こす
歌舞伎という伝統芸能を正面から描きながら、映画としてのエンターテインメントを確立した『国宝』。華やかな舞台の裏側や、役者同士の緊張関係を丁寧に描写し、これまで歌舞伎に触れる機会のなかった層を映画館へと引き寄せた。
作品の広がりは、スクリーンの中にとどまらない。SNSでは、劇中の“東半コンビ”に魅了された観客たちが、現実の歌舞伎界へと関心を向けた。なかでも、市川染五郎と市川團子という若手二人、いわゆる“リアル東半”に熱い視線が注がれた。映画をきっかけに、架空の世界から現実の舞台へと歩みを進める観客が増えている。
▲いまや時の人、市川染五郎。前橋舞踊公演では牛若丸を演じた
ローソン・ユナイテッドシネマ前橋では現在も『国宝』を上映している。「今年6月6日の封切から半年以上、上映が続き、お客様も多い。こんな作品は珍しい」と同館支配人。
12月31日には東京・歌舞伎座で行われる大晦日特別上映会の様子を生中継する。主演の吉沢亮さん、横浜流星さん、李相日監督らが登壇する舞台挨拶の模様を、前橋の劇場の大スクリーンで見ることができる。チケットはこちらから。
▲映画『国宝』の1シーン (C)吉田修一/朝日新聞出版 (C)2025 映画「国宝」製作委員会
7月、前橋で行われた歌舞伎舞踊公演
前橋と歌舞伎の関係は、映画のヒットによって初めて生まれたものではない。今年7月、昌賢学園まえばしホール(前橋市民文化会館)で行われた歌舞伎舞踊公演では、十代目松本幸四郎が武蔵坊弁慶を演じた。
終戦直後、七代目松本幸四郎は戦時中に疎開先として家族を受け入れてくれた前橋への感謝を込め、戦災からの復興を願って弁慶を披露した。その舞台を、80年後にひ孫にあたる十代目が同じ地で演じたことになる。
▲薙刀を振るう七代目幸四郎=「戦災と復興」(昭和39年、前橋市)より
義経役を務めたのは、長男の市川染五郎だ。荒々しく迫力ある弁慶と、気品を備えた牛若丸。親子による共演は、80年前の記憶をたどる舞台に、いまの歌舞伎の息づかいを重ねた。人気の染五郎の登場とあって、当日は県外からの歌舞伎ファンも数多く前橋に足を運んだ。
▲迫力満点の親子共演を披露
戦後の前橋は、「新橋」「前橋」「柳橋」と並び称され、古くから芸事が盛んな土地として知られていた。終戦からわずか2カ月後に前橋公園で開かれた復興舞踊大会には多くの市民が集まり、芸能は娯楽を超えて、人々を励まし、街を立て直す力を持っていた。
▲曽祖父の演技に「凄まじい体幹を感じた」と絶賛する幸四郎
2025年の年末、前橋の映画館ではスクリーンを通して歌舞伎座の舞台が映し出される。形は変わっても、人が集い、同じ時間を共有するという構図は変わらない。今年の歌舞伎ブームは、一過性の流行ではなく、前橋が積み重ねてきた芸能の記憶と地続きの場所に現れた出来事である。


