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前橋スズラン11月閉店へ
中心商店街の地盤沈下懸念

2026.06.02

前橋スズラン11月閉店へ
中心商店街の地盤沈下懸念

 前橋市中心市街地にあるスズラン前橋店が11月30日に閉店することになった。最盛期には6つの百貨店があった県都から百貨店がすべて姿を消す。最大の核店舗を失うことで中心商店街全体の地盤沈下が懸念されるとともに、中心市街地の再開発計画にも大きな影響を及ぶすことは避けられない状況となった。

中心市街地再開発に影響必至

 スズラン前橋店を運営するスズラン(渋澤彰一社長)は6月2日、「営業終了に関するお知らせ」を発表した。閉店の理由について、「再開発計画の何年もの遅れにより、前橋店は年々厳しい経営状況になっており、現店舗への設備投資の見通しが立たない」と説明している。

 再開発に伴う新店舗の計画に関しては「計画の進捗に応じ、時機をみて改めてお知らせする」としているが、再開発の完成時期は2032年以降となっており、現実的に出店は難しいとみられる。

▲アパレルの入った新館

 スズラン幹部から1月前に閉店の話を聞いた経営者によると、「再開発を待っていたが、前橋市から遅れることが伝えられ、計画自体、やるのかやらないのか不透明になってきた。これ以上、待てない」と話していたという。

 別の経営者は「高崎店もあるが、前橋はスズラン発祥の地。社長はじめ幹部は忸怩たる思いがあるだろう」と心境をおもん諮っていた。

中心街、戦後最大の危機

「スズラン閉店」のショッキングな一報はこの日、中心商店街を駆け巡った。

 「戦後最大の危機」。商店主の1人は厳しく状況を分析する。「スズランの買い物客が商店街に繰り出すことで、スズランにない商品の専門店や飲食店が潤ってきた。中心商店街はスズランとともに生きてきた。核のない商店街は生き残れない。後継者のいない老舗はこの機に店を畳むかもしれない」と肩を落とす。

▲伝統を感じる入口

 別の商店主は「テナントが相次いで撤退して、閉店するのではないかと噂になっていたが、まさか現実になるとは」と現実を受け入れない表情だ。

 行政の問題を指摘する声もある。「30年来の課題だった再開発計画にめどがついたと喜んでいたら、今年になって突然、見直しが発表された。計画が中止される雰囲気も感じ、商店街に暗い影を落とした」。ある商店街の幹部は前橋市の責任を追及するとともに、市や前橋市商工会議所の早急な対策を求めた。

▲国道17号から見た別館

小さな衣料品店から発展

 スズランの原点は戦後間もない時期にさかのぼる。創業者の渋沢康平さんが1947年に復員後、生地の卸売業を始め、1948年に前橋市千代田町で繊維類の卸・小売店を開業した。

 1952年にはスズラン衣料品店を設立し、わずか8畳の店舗で営業を始めた。事業を拡大し、1968年には高崎市にスズラン高崎店を開店して百貨店事業に進出。スズラン前橋店は1971年に本館を開店した。

 前橋市では地元密着型の百貨店として営業を続け、スポーツファッション館(現別館)、新館を相次いで新設した。衣料品や食品、贈答品の販売や催事を通じて地域に親しまれてきた。

 ただ、最近は売り上げの低迷に伴い、シューズ館を閉館、新館の食品売り場を閉鎖した。

▲既に閉館したシューズ館(写真左)

最盛期は6つの百貨店

 群馬県初の百貨店として戦前からあった麻屋百貨店が閉店した1964年、前三百貨店、長崎屋が相次いで開店した。

 さらに、丸井、ニチイ、西友前橋本館(後に前橋西武、LIVIN)が誕生、スズラン前橋店と合わせて中心街には最大6つの百貨店があった。

 前三百貨店は1985年閉店、跡地は前橋テルサとなったが休館している。

 長崎屋、丸井が撤退後の1987年に開店した西友WALK館は2006年に閉店、現在はリノベーションされアーツ前橋となって蘇った。