interview
聞きたい
聞きたい 川田健太さん<後編>
新しい音を探して
前橋で邦楽を盛り上げたい
2026.05.05
大学院を修了し、一人の演奏家として立つ春を迎えた。川田健太さんが軸に据えるのは現代邦楽という新しい表現だ。地方ホールでのアウトリーチをきっかけに活動の幅が広がり、教室も前橋と神奈川の2カ所に持つようになった。視線の先にあるのは、前橋で邦楽の土壌を育てることだという。
(取材/阿部奈穂子)
- 目次
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- 1. 現代邦楽を軸に
- 2. 人前で演奏する喜び
- 3. 17年ぶりの再会
- 4. 前橋に戻る日のために
現代邦楽を軸に
――この春、洗足学園音楽大学大学院を修了しました。今はどんな気持ちですか。
学生って守られている部分がすごく大きいんです。学生という肩書きが外れると、もう守られることはないので、やったことが直接結果になってくる。それが楽しみでもあり、怖さでもあります。
――いまの仕事の軸は。
ライブ活動と教室です。教室は前橋と溝の口の2カ所でやっています。生徒さんは10人くらいで下は中学生、上は60代と幅広いです。基本、対面でマンツーマンの指導をしているのですが、オンラインでやることもあります。
――教えるのは好きですか。
楽しいですし、やりがいも感じています。
人前で演奏する喜び
――ライブ活動を積極的に行うきっかけとなったのは。
大学2年のときです。地域創造という財団の邦楽登録奏者の募集に、何も知らないまま応募しました。東京でオーディションがあって、たまたま受かって、いろんな地方のホールに行くようになりました。
近くの施設や学校でアウトリーチをして、最終日にホールでコンサートをするという活動でした。滋賀、新潟、兵庫、神奈川などさまざまな場所を回り、人前で演奏する喜びを知りました。
17年ぶりの再会
――印象に残っている舞台はありますか。
一番最近だと去年11月です。群馬出身の箏奏者、本間貴士さんから声をかけていただき、足利でライブをやりました。
私が小学2年ぐらいのころ、実家の近くで本間さんのコンサートがあって、家族で聴きに行ったことがあったんです。「群馬にもこんな人がいるんだね」と話していた方です。突然連絡が来て、ライブに出てもらえますかと。17年ぶりの再会です。しかも今度はお互い奏者として会ったので、こんなことがあるんだなと思いました。
――その経験は大きかった。
大きかったです。本間さんは現代邦楽をバリバリやっていて、バンドの経験もある方なのでとても刺激になりました。
――これから挑戦したいことは?
1つは箏とピアノとの共演。以前、やったことがあるんですけど、似たような音で音域も重なりやすくて、うまくいかなかった。それを失敗しないようにやってみたいです。もう1つは、お座敷歌を現代風にアレンジして箏で演奏してみたいです。
――お座敷歌というと。
宴席で三味線などに合わせて歌う唄の総称で、艶っぽさやユーモアがあります。有名なところでは「梅は咲いたか」。それを箏でやってみたい。
前橋に戻る日のために
――前橋で育ったことは、表現に影響していますか。
あると思います。神奈川に引っ越してきてから、前橋の自然や人のつながりの良さを強く感じるようになりました。本当は今すぐ前橋で活動したいぐらいです。前橋駅に降りると、すごく安心するんです。いずれ前橋に戻りたいと思っています。
――なぜ前橋を拠点にしたいのですか。
前橋の邦楽を盛り上げたい気持ちがすごくあるからです。そのためにはもっと力をつけないといけないと思って、今はこちらで勉強しています。
――前橋や群馬に求めたいことはありますか。
やはり演奏の場がほしいです。いま、前橋はホール難民が増えていると聞きますし、芸術に対する支えが少し弱いように感じています。自治体によってはアーティストがホールに登録し、小中高校への出前授業やワークショップにつながる仕組みがあります。そうした仕組みがあったらいいなと思います。
かわだ・けんた
2001年、前橋市生まれ。大胡中―勢多農林高―洗足学園音楽大―同大学院卒。筝曲家、三味線奏者。山田流筝曲を基盤に、現代邦楽を軸とした表現を探る。ライブ活動を重ねる一方、神奈川県と前橋市で教室を開き、後進の指導にも当たる。
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