interview

聞きたい

【聞きたい飯塚花笑監督/前編】
前橋が舞台 映画『ブルーボーイ事件』 
60年代の街並み蘇る

2025.09.18

【聞きたい飯塚花笑監督/前編】
前橋が舞台 映画『ブルーボーイ事件』 
60年代の街並み蘇る

 前橋市出身の映画監督、飯塚花笑さんの新作『ブルーボーイ事件』が11月14日に全国公開される。1960年代に実際にあった話をもとにした社会派作品で、ロケの8割が前橋で行われた。群馬県民会館をはじめ、前橋スズランや上毛電鉄など、昭和の面影を色濃く残す街並みがスクリーンに刻まれる。ロケを通して見えた新たな前橋の魅力について聞いた。
(取材/阿部奈穂子)

重要な裁判所は群馬県民会館

▲群馬県民会館でロケが行われた

――どんな場所で撮影したのですか。

 前橋で一番シンボリックな場所は群馬県民会館でした。ブルーボーイ事件は法廷劇なので、どこを法廷の舞台にするかが非常に重要で。いろいろ調べましたが、県民会館が圧倒的に良かった。最高裁判所を設計した岡田新一さんの建築で、やはり法廷の香りがするんですよ。

 舞台は1960年代。当時はコンクリート造りの建物が増え、モダンな雰囲気が街に入ってきた時代です。県民会館は1971年竣工なのでイメージがとても近い。劇中の裁判所の外観として、館内の12角形の柱が建ち並ぶロビーを法廷の外のロビーとして使わせていただきました。

▲県民会館前通りも登場する

――県民会館は廃止・取り壊しが決まりましたが…。

 2024年5月に撮影していたときは、取り壊しの話なんてまったく知らなかったんです。あとで「解体される」と聞いて、本当にショックでした。いや、正直に言うと「もったいない。いや、もったいなさすぎる」と。

――県民会館の魅力とは?

 入口が複数あって、裏と表で雰囲気がまったく違う。隣には公園もあって、外観の切り取り方ひとつで別の場所のように見える。

 半地下的な構造もあって立体的で、高低差を活かせる。撮影しやすさと絵作りの面白さで、心惹かれるんですよ。柱や床の質感、細部の作り込みも本当に丁寧で、映像にしたときに「目が喜ぶ」というか。長い歴史を持つ価値ある建物。解体ではなく、なんとか活用する道を見つけてもらいたいと思います。

▲法廷の内部は伊勢崎市の東支所でロケ。弁護士役は錦戸亮さん

▲廃止・解体が決まった県民会館。価値ある建物を残してほしいと飯塚監督

ハウゼビルや前橋スズラン、泉食堂

▲昭和の香りが色濃く残るバー

――ブルーボーイたちが働くバーはどこで撮影したのですか。

 銀座通りのハウゼビルです。3階にあったキャバレーの跡を使いました。以前、蜷川実花さんが展示をしていた場所なんですけど、僕らがロケハンをしていた時期にちょうど展示があって見に行ったんです。

 入った瞬間に「ここだ」と思いましたね。ゼロからセットを作るのは大変ですが、舞台やカウンター、ステージの雰囲気が残っていたので、そこに1960年代らしい造作を少し持ち込めば十分に世界観がつくれる。展示を見ながら「ここでやろう」と心の中で決めていました。

▲銀座通りにあるハウゼビルの3階、元キャバレーで

――ほかに前橋ではどこが登場しますか。

 前橋スズラン前では、錦戸亮さん演じる弁護士の狩野と主人公のサチが初めて出会うシーンを撮りました。今の景色をそのまま映すと現代の街並みにしか見えないんですが、カメラの角度を工夫すると昭和の銀座、松坂屋デパートの前みたいな雰囲気が出るんです。

 問屋町にある「泉食堂」では、映画の冒頭の見せ場となる場面。警察官たちが大掛かりな一斉摘発を決行する前に待機しているシーンを撮影しました。

 昭和に創業して、その雰囲気を丸ごと残している食堂。あの空気感は作り物では絶対に出せません。しかもロケハン終わりにはスタッフに料理まで出してくれて、心があったかくなりました。

▲冒頭の摘発シーンが撮影された泉食堂

――上毛電鉄もありましたね。

 はい。桃ノ木川沿いから上毛電鉄を撮りました。映画では鉄道の高架しか写っていないのですが…。上毛電鉄は本当に価値が高いと思います。東京から払い下げられた日比谷線など、昭和の車両が今も現役で走っているんです。

 地元の人からすると「古い電車だなあ」ぐらいかもしれない。でも鉄道好きや映画を撮る側からすると奇跡ですよ。

▲桃ノ木川河川敷から上毛電鉄を

――敷島の水道局も使われたとか?

 そうなんです。敷島の水道局を警察署に見立てました。タイル張りの外観が昔の警察署に見えて…。少し看板や備品を足すだけで、まったく違和感がなくなる。

▲警察署は水道局

 見えたといえば、宮城公民館もそうです。警察署の候補としてロケハンで伺った時、「火葬場に見えるかも…」と思って、「ぜひ火葬場の場面を撮らせてください」とお願いしました。役場の人も、「確かにそう見えますね」と笑ってくれたので助かりました。

▲宮城公民館は火葬場として

▲主人公夫婦が食事をするシーンは群馬県庁の「G FACE CAFE(ジー フェイス カフェ)」で

古くて、1周回って新しく見えるもの

――ブルーボーイの一人が後進たちのために「法廷で証言する」と宣言した場面も印象的でした。あれはどこで?

 大手町にある空きビルの屋上を使いました。洗濯物がはためく屋上で、「自分が勇気を出して証言するんだ」と仲間に宣言する。青空と色とりどりの布が揺れる中に立つ姿がとても美しくて、映画の中でも大事な場面になりました。前橋の街の屋上だからこそ出せた質感がありました。

▲大手町の空きビルの上で

――前橋は昭和がたくさん残っていますね。

 私は10代まで前橋に住んでいましたが、どちらかというと東京に憧れがあって、新しいものへの思いが強かったんです。だけど今回の撮影を通して、「古くて、でも1周回って新しく見えるもの」「古き良きカッコイイもの」が、こんなに前橋にはあるんだと実感しました。

▲中央前橋駅付近の上電横丁で

 当初は昭和の景色がきれいに残っている関西方面も見て回っていました。でも群馬をロケハンしてみたら、負けないくらい昭和の街並みが残っていて。高崎や下仁田、伊勢崎などいろんな場所を見て歩いたんですが、一番、昭和が残っていて、撮影しやすいと感じたのは前橋でした。

 今まで漠然と地元である前橋が好きでしたが、それがなぜだか言語化できずにいました。けれど、僕の大好きな昭和の世界観がカッコよく残っているところが好きだったんだと気づいたんです。この価値を、ぜひ市民の皆さんには映画と一緒に再発見していただきたいと思います。

映画『ブルーボーイ事件』とは

 1960年代後期、東京オリンピックや大阪万博で沸く高度経済成長期の日本。国際化に向け売春の取り締まりを強化する中、検察は性別適合手術を行った産婦人科医を優生保護法違反で逮捕。かつて実際に起きた“ブルーボーイ事件”をもとに作られた。

 当時、売春防止法は女性にしか適用されず、男娼は法の空白に置かれていた。その存在は社会の偏見にさらされ、見せしめのように医師が裁かれた。映画はその裁判に向き合う人々の姿を通じ、性と人権を問い直す。主人公サチは証言を求められ、弁護士、狩野と共に法廷に立つ。愛と尊厳をかけた戦いを描く社会派エンターテインメント。

【聞きたい飯塚花笑監督/前編】 前橋が舞台 映画『ブルーボーイ事件』  60年代の街並み蘇る

【聞きたい飯塚花笑監督/後編】キャストを虜にした前橋グルメ 錦戸亮も出演「ブルーボーイ事件」

 映画『ブルーボーイ事件』は、1960年代に起きた実際の裁判をもとにした社会派作品。前編では前橋のロケ地を紹介した。後編…