interview

聞きたい

【聞きたい 藤井浩さん】
みやま文庫 未来へ繋ぐ

2024.12.16

【聞きたい 藤井浩さん】
みやま文庫 未来へ繋ぐ

 会員制で郷土に関する書籍を出版する「みやま文庫」の編集長となった藤井浩さん。会員が全盛期の5分の1を割り込み、60年余りの歴史を持つ会の廃止も検討された中でのかじ取り役への就任となった。ジャーナリストとして長く出版文化を取材してきた経験と情熱を新「みやま文庫」にどう活かすか。

戦後の三大文化事業

―編集方針を聞かせてください。
 長きにわたり運営を担ってきたみなさんの足跡に対して深い共感と畏敬の念を抱いてきました。郷土に出版文化を根付かせようという設立の精神、蓄積されたものを大事にして継承していきます。
 その上で、自分なりの方法で、新しい発想と感覚により「魅力」ある本を作っていきたい。まずは、編集長として、自分ならこういう本であれば手にしたい、読んでみたいという本を出します。そして、編集委員をはじめ、多くの方々の意見を聞きながら、魅力を高めていきたい。
―みやま文庫の存在意義はどこにあるでしょう。
 1961(昭和36)年のみやま文庫の設立時に目指したのは、「商業ベースにのらない貴重な郷土研究、著作を県民に頒布し、群馬の文化推進の基礎とする」「県民の郷土への理解を深め、また研究者に発表の場を提供する」ことでした。
 出版文化をその地の文化度の高さを計るバロメーターととらえ、群馬県知事を会長とする組織づくりにより、営利事業ではない、全県的な文化運動とするという創刊の精神は、古びることなく、60年余を経てさらに重みを増しています。
 私はこの出版事業を、戦後の群馬県の三大文化運動の一つと位置付けています。一つは群馬交響楽団、二つ目は上毛かるた。二つとも健在で、県民に親しまれ続けています。そして三つ目が、みやま文庫です。このことを、あらためてたくさんの人に認識してもらいたい。群馬の文化を象徴する存在であり、決して失われてはならないものなんですよ。
―みやま文庫は会員制ですが、その会員数は、最盛期の3800人から656人にまで減少しました。原因は。
 会員が大幅に減ってしまったのは、さまざまな原因が重なっています。まず、高齢化で退会したり亡くなったりする会員が増えたこと、図書予算削減のため購入を見合わせる学校が目立ってきたことなどが挙げられます。活字離れ、本離れという時代の影響もあります。でも、一番大きな理由は何かと言えば、みやま文庫のすばらしさを広く発信できていないこと、そして魅力ある本を会員に届けることができなくなってきたことです。
 創刊以来、年4冊の発行を続けてきましたが、会員減少で予算不足となり、令和5年度には発行を年間2冊に減らさざるを得ませんでした。これに伴い、年会費を4000円から3000円に引き下げました。年間発行数を減らすということは定期発行している書籍にとって、廃刊につながりかねない重大な危機です。

群馬の森羅万象を

―発刊する本の選考に問題があった?
 みやま文庫が扱うテーマは、群馬の歴史、文化、自然、民俗、科学から産業、スポーツまで多岐にわたっています。
 これは群馬の代表的な郷土史家である萩原進さんが創刊当初から企画、運営の中心となったことが大きく作用しました。
 萩原さん自身が、古代史から近現代史、文学、自然災害、産業、政治、経済、教育や騒動・事件、博徒・侠客まで、ジャンルを問わず研究の対象とし、過去の歴史を追うだけではなく、現代の社会的事象や事件にも強い関心を持っていました。
 傑出した歴史研究家、ジャーナリスト、文化運動家として、多彩で膨大な量の仕事を残した萩原さんだからこそ、群馬の森羅万象を扱うみやま文庫の構想が生まれたんですね。
 出版する図書は各分野の有識者でつくる編集委員会が決めてきました。これをまとめるのが編集委員長で、63年間で相葉伸さん、萩原進さん、近藤義雄さん、松島栄治さんら4人が務めてきました。いずれも群馬を代表する研究者で、彼らが中心となって検討を重ねながらテーマ、執筆者を決め、さまざまな分野の優れた図書を世に出してきました。
 バックナンバーを見ていくと、ほれぼれするような名著が数多くあります。内容はもちろんですが、装幀も題材に添い、考え抜かれています。特に初期のころは、福沢一郎、山口薫、福田貂太郎、近藤嘉男、久保繁造、小見辰男ら郷土の錚々たる画家が表紙絵を手掛けていて、一冊一冊を丁寧に作り上げ届けてきたことが伝わってきます。

 ただ、この質を維持することは至難の業です。歴代の編集委員の方々がより良いものをと、困難を乗り越え、尽力してきましたが、近年、執筆者、テーマ選定の幅が狭まってきたことは否めず、これにより会員減少がさらに進んだのではないかと思います。

テーマの枠を広げる

―どのように改革しますか。
 これは私見ですが、専属の編集者が不在であったことが、文庫の題材の幅が狭まった一つの要因になったと思います。このことを踏まえ、テーマの枠をできる限り広げていきたい。取り上げるべき題材は無数にあり、書ける能力がある人もたくさんいるはずです。その掘り起こしのために、第一線で活躍する研究者のみなさんとともに、執筆の機会のなかった文化活動などの実践者や地域で活動している人たちにも登場してもらいます。
 扱う題材も、過去の歴史だけではなく、進行中の文化的取り組みや、戦争、地球規模の環境問題まで、今起きている社会的な問題も取り入れる考えです。
 みやま文庫が大事にしてきたことを踏襲しながら、これまで扱わなかった意外なテーマ、執筆者の発掘をしていきたい。これは、生みの親である萩原進さんの姿勢に学び、みやま文庫の初心に立ち返る取り組みと思っています。
―これまでにないテーマ、執筆者とは。
 たとえば、演劇活動を実践している人に群馬の演劇史をまとめてもらったり、映画祭やアートイベントに取り組むプロデューサーに、企画の意図、活動を一冊にしてもらうことも計画しています。スポーツのアスリート、企業経営者、建築家、美術家、映画監督、漫画家などにそれぞれの仕事を掘り下げてもらう本も出したい。

 一例を挙げれば、萩原朔太郎の孫で前橋文学館特別館長を務める萩原朔美さんに、前橋文学館での取り組み、前橋への思いについて執筆をお願いしたところ、快諾してもらいました。みやま文庫の存在に興味をもっていただいたのではないかと思います。萩原さんがどんな視点で前橋をとらえるのか非常に楽しみです。

―会員数の目標はありますか。
 安定的に運営するには1500人程度が必要とされています。現在の人数をみると、とても厳しい。個人会員の平均年齢は70歳を超えているでしょう。楽観視できませんが、増やす努力をします。
―若者の活字離れも深刻です。
 それでも、先日開かれた前橋BOOK FESには大勢の若者が集まった。魅力ある本をそろえ、イベントや情報発信を工夫すれば、みやま文庫の可能性は広がるでしょう。
―好きな本が買えるよう会員制を廃止してはどうか、という意見もありますが。
 会員制は堅持したいですね。会員となってこの出版活動を支えてくださっている多くのみなさんの思いがあってこその文化運動ととらえているからです。
 関心のなかった分野の本を手にすることの大切さを知ってもらいたいという狙いもあります。たとえばネットで得られる情報はピンポイントですね。自分の好きな必要とする情報しか入らない。本を選ぶときも、つい自分の好きな分野、著者に偏ってしまいます。
 でも、興味がなかった題材であっても、届けられたみやま文庫を読んでみて、まったく知らなかった群馬の姿に出会い、引き付けられることもあるはず。きっと、世界が広がります。

藤井浩(ふじい・ひろし)

 1955年、前橋市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。上毛新聞社に42年間勤め、記者、論説委員長として主に歴史・文化の分野を担当した。2020年から萩原朔太郎研究会幹事長。上武大学特任教授を経て、2024年、みやま文庫編集長に就任する。