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荒井良二さんと宮本武典さんに聞く 
「new born 荒井良二展」はこうして生まれた

2024.06.27

荒井良二さんと宮本武典さんに聞く 
「new born 荒井良二展」はこうして生まれた

展覧会「new born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった」が6月29日から8月25日まで、アーツ前橋で開かれる。絵本作家でアーティスト、荒井良二さんの100冊以上の絵本、書籍の中から、代表的な作品の原画を様々な手法で紹介する。展示の最後には新作の立体インスタレーションの発表も。同展が生まれた背景や見どころについて、荒井さんと、企画を担当した東京藝術大学准教授でアーツ前橋チーフキュレーターの宮本武典さんに話を聞いた。
(取材/阿部奈穂子)

前橋は巡回展で最大規模

―まず展覧会タイトル、「new born」と名付けた理由を教えてください。
荒井「展示の中には僕の古い作品も多いので、それを再構成するっていう意味では、reborn(再生)なんですが。それよりも古い作品も新たな視点で蘇らせるという意味合いを込めてrebornでなくnew bornと名付けました。すべての作品に新しく命を捧げようというイメージです」

―「new born」展は2023年から始まり、各地を巡っています。
荒井「前橋は4カ所目ですね。2023年、神奈川、千葉、愛知を巡り、今度は前橋。終わったら福島へ。来年も3県回ることが決まっています」
宮本「そういう巡回展って、普通、同じ内容のものをただ巡回するだけなんですけれど。今回のプロジェクトはそれを“旅”と位置づけて、いろいろな都市を荒井さんが、旅の途中で通り過ぎていくという風にデザインされています」

―規模はどこも同じですか?
荒井「面積的には前橋が一番大きいんですよ。前橋にしか出さない作品もあるので、展示点数も一番多いと思います」

▲《逃げる子ども1》2010年

―前橋限定はどんな作品ですか?
荒井 「コロナの一番ひどい時期に、敷島公園にあるフリッツ・アートセンターで展覧会をやることになって。作品もかわいそうだし、見に来る人も大変だろうなと思い、何かできることがあればと思いついたのが、郵便で絵ハガキを送ること。
86日間の会期中毎日、自分で描いた絵はがきをフリッツへ投函し続け、それを代表の小見(純一)さんが張り出してくれた。最終日は自分が郵便屋さんになって届けに行きました。その86枚を展示します」

ーそれは見逃せません。
宮本「荒井さんが手描きした絵ハガキだからスペシャルですよね。ほかに、詩人、最果タヒさんと荒井さんがコラボした絵本が7月中旬に発行されるので、絵本の内容にもとづくワークショップを子どもたちと一緒に開いたり、アーツ前橋の上の階にある映画館『前橋シネマハウス』と連携して、荒井さんが選んだ子供に見せたい映画6本を特集上映します」

 

▲アートで結ばれた荒井さん(写真右)と宮本さん

―まさに“荒井良二まつり”。荒井さんはこれまでも前橋とご縁が深かったですよね。
荒井「きっかけはフリッツの小見(純一)さんです。知り合ったのは20、30年前だったかな。小見さんからお声がかかって、フリッツで毎年のように展覧会をやり、イベントもやりっていうことを繰り返してきたんです」
宮本「アーツ前橋でも2017年の『ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所』展で荒井さんのワークショップと展示が開かれました。前橋シネマハウスと隣接する『前橋こども図書館』にも、荒井さんの描いた壁画があります」
荒井「前橋こども図書館はオープンのとき、子どもたちと一緒にワークショップで壁画を描いたんですよ。本来ならあんな広範囲に描く予定じゃなかったのに急遽みんなが描きたいって言い出して、一周ぐるりとね」

―前橋の街や人の印象はいかがですか?
荒井「前橋の人たちは熱いですよ。俺が知ってる限りの印象ですけど。目的意識がはっきりしてるなあと。ものすごいフレンドリーだし、何かオープンな感じも受けたし。だから何でも一緒にやりたいなという気持ちにさせられました」

▲《花の草》2008年

故郷、山形で育まれた絆

―前橋出身の糸井重里さんの著書「あたまのなかにある公園」の装丁もされていますね。
荒井「前橋の糸井さんっていう感じで僕はお付き合いしてなかったんですけどね。『ほぼ日』の糸井さんのイメージが強くて。途中まで前橋の方とは知らなかった」
 ―糸井さん、昔は前橋があまり好きではなかったと聞きました。
荒井「それは多分、苦手っていうか。みんな自分の故郷っていうか、生まれ育ったところで何かやるって、難しい作業なんじゃないですかね」
宮本「荒井さんもそうでしたね。荒井さんの故郷は山形県。15年ほど前、僕は山形の美術大学で教えていて、『山形で荒井さんの展覧会を開きたい』と言ったら最初は即、断られました。お住まいだった東京のご自宅近くの喫茶店にお願いに行って、荒井さんが40分遅刻してきて。気が重かったのかなと(笑)」
荒井「ははは(苦笑)。故郷でやるのは抵抗があるし、絵本原画展みたいなのだったら、絶対やりたくないと思ってね」

▲多彩な才能を発揮するアーティスト、荒井さん

宮本「でもお話をしているうちに、『何か面白いことならやってもいいよ』みたいな感じになって」

―実現したんですか。
荒井「一緒に『荒井良二の山形じゃあにぃ』という展覧会を開きました。2010年だったかな」
宮本「そうです。山形の中心市街地にある使われなくなった小学校の校舎で、荒井さんの大きな展覧会をやって、すごくたくさんの人がいらして盛り上がりました。翌年、東日本大震災があって、被災地でいろんなワークショップをやったり、福島から山形にいらっしゃった避難者を支援するアクションをしたり。それ以降、だいたい2年おきに大きい展覧会を開いてきました。当時、山形で作られた作品が今回の展覧会『new born』にはたくさん飾られます」
荒井「そうだよね。newbornっていうのはいきなり生まれたというよりも、『山形じゃあにい』から始まっている。続いてきたっていう感じだね」

▲『あさになったのでまどをあけますよ』原画(表紙)2011年-偕成社-

―宮本さん。荒井さんの初対面の印象は?
宮本「緊張しました。荒井さんはアストリッド・リンドグレーン児童文学賞を獲られたりして、すでに時代の寵児でしたから…」
荒井「いやいや(笑)」
宮本「日本の、ある種のカルチャーシーンを担って来られた方。90年代はイラストレーターとして、2000年代からは絵本中心に活躍されています。でも、荒井さんの表現というのは絵本という枠から飛び出しているのがとにかくすごい。ちょっと本ではできないクリエーションみたいなものを、これまで一緒にやらせていただいてきたって感じですね」

▲newborn展の企画を担当した宮本さん

絵本の領域にとどまらない表現

―宮本さんが初めて、荒井さんを訪ねて展覧会をやりたいと言ったときに、「絵本原画展みたいなのは絶対やりたくない」とおっしゃった。なぜでしょう。
荒井「はっきり言って絵本原画展ってあまり好きじゃなくて。絵本原画ってこちらからすると印刷原稿なんです。それを仰々しく1枚1枚、額縁に入れて飾るということにすごい違和感があって。いろいろな事情があってこの絵を描き、それも絵本の原稿として描いたものなのに、これを1枚の絵と取られるのはものすごく恥ずかしいし、苦しい部分もある。原稿としてだったら見せてもいいんですけどね。パターン化された絵本原画展というのには抵抗があります」
宮本「絵本はもっと広がりを持ったものであるべき、ということですよね。立体的な絵本があってもいいし、音と文字だけで絵は観客が各々イメージする本があってもいい。荒井さんの中で自分の作品を展示するのに、もっといろんな方法があると思っていたのではないですか」
荒井「そうです。そうです」

▲《誰も知らない山の神さまちゃん》2018年

―今回の展覧会ではいろんなアプローチをされているのですね。
荒井「体感する絵本っていいなあというイメージをずっと持っていて。紙媒体で絵本と付き合うだけじゃなく、その世界に入り込んでもらいたい。今回、それを実現した形の展示もあります。立体的な絵本、オブジェみたいな絵本、映像で表現されている絵本も用意しました」
宮本「荒井さんはストーリーテラーというか、物語を作る人だから、それを表現するのに、いろんな手法を使っていらっしゃる。絵本という領域にとどまらないともいえるし、絵本というのをすごく拡張しているともいえます。そんな荒井さんの全貌を知ることができる展覧会だと思います。
しかも、今回の作品のセレクトは全部、ご本人。ご自身でこれまでの歩みを振り返り、自分の中で生まれた作品を自分の目でもう1回再構成している。全てをくるんでいるのが『new born』。この展覧会全体も一種の絵本みたいなものですよね。荒井さんが主人公の絵本」

▲《名前の知らないわたしと誰かが聞いている》2023年

宮本さんから見て一番好きなゾーンは?
宮本「最後の展示室に、住宅廃材を使ったオブジェがたくさん並んでいるインスタレーションがあります。荒井さんってファンタジックな作品を作られるイメージがあるのですが、9.11や3.11、最近のウクライナやイスラエルの戦争など、社会の変化というものに対して、直接的ではないですが、物語の力でそれと向き合っているクリエイターだと思っています。その一つのプロジェクトとして、家を失い、旅する子どもたちのストーリーを、僕も参加させてもらって一つの展示室で大きく表現したんですけれど。荒井さんのある種の共同制作者として関わっている作品なのですごく思い入れがありますし、多くの人に見てもらいたいなあと思っています」

▲《new-born-旅する名前のない家たちをぼくたちは古いバケツを持って追いかけ湧く水を汲み出す》2023年 撮影:池田晶紀

―最後に前橋の皆さんに、荒井さんからメッセージをお願いします。
荒井「前橋は何度も来ているとはいえ、そんなに詳しくは知らないんですけども。この展覧会によって、また新たな前橋を知ることになるだろうし、そこは楽しみにしているところでもあります。そういう旅の途中感を前橋の皆さんにも楽しんでもらえれば嬉しいなと思います」

▲制作する荒井良二さん(撮影:池田晶紀)

「new born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった」
会期:6月29日(土)~8月25日(日)
会場:アーツ前橋(前橋市千代田町5-1-16)
開館時間:10時~18時(入場は17時30分まで)
休館日:水曜
入場料:一般800円、学生、65歳以上600円、高校生以下無料

あらい・りょうじ

1956年、山形県生まれ。『たいようオルガン』でJBBY賞を、『あさになったのでまどをあけますよ』で産経児童出版文化賞・大賞を、『きょうはそらにまるいつき』で日本絵本賞大賞を受賞するほか、2005年には日本人として初めてアストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞するなど国内外で高い評価を得る。2012年NHK連続テレビ小説「純と愛」のオープニングイラストを担当。ライブペインティングやワークショップのほか、作詞・作曲やギターも演奏するなど音楽活動も行っている。2018年まで「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」の芸術監督を務めるなど、さらにその活動の幅を広げている。

みやもと・たけのり

1974年、奈良県生まれ。東京芸術大学准教授(油画専攻)。アーツ前橋チーフキュレーター。1999年、武蔵野美術大学大学院修了後、武蔵野美術大学パリ賞受賞により渡仏、2005年に東北芸術工科大学へ。2019年まで同大教授・主任学芸員を務め、東北各地で地域に根ざしたアートプロジェクトを展開。2014年に「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」を荒井良二と創設し、プログラムディレクションを3期にわたって手がけた。2019年に角川武蔵野ミュージアム開館事業にクリエイティブディレクターとして参加後、2022年より現職。