【聞きたい福田さん3】
アップル入社1日目、社長に直メール送る

前橋市が推進するスーパーシティ構想で、計画の統括者「アーキテクト」を務める福田尚久さん。アップルでは副社長となり、スティーブ・ジョブスとともに巨大企業に成長させた。日本通信の社長であり、今年4月から前橋工科大理事長の肩書が加わった。4つの顔を持つ男が故郷の明日を劇的に変える。

大学で起業、人生変えた米国留学
入社初日に社長に直メール

-大学時代に起業しました。どんな会社でしたか。
 2年生の時でした。学生が会社を作るなんて、当時は非常に珍しかったですね。パーソナルコンピューターをビジネスに応用しようと、高校時代の友人や弟と前橋市に「群馬データベースシステム」という会社を作りました。面白い仲間がいたんです。
 パソコンは好きで実は結構、データベースに詳しかった。それが「安全な個人情報」という今回の前橋市のスーパーシティの発想に生きているんですね。データを集め、安全に扱うことで、いろいろなものが生まれるというのを本質的に理解していました。
―起業のきっかけは?
 実家が代々続く材木屋でした。材木屋は在庫管理が非常に難しかった。親を見ていて、「何とか分かりやすくできないかな」と中学時代に関心を持っていました。パソコンを使って管理できるんじゃないかと。
 卒業後も普通に就職することなく、当時の東大では極めて珍しかったのですが、会社を続けました。それなりに利益を出していましたので。27歳の時、米国に留学することになり、そこで降りたんです。
-留学はどういう経緯で。
 親しかった経済人から「一度、世界を見た方があなたの人生にとっていい」と助言されました。悩みましたけどね。当時住んでいた前橋の街中の家を売却して費用に充てました。この留学、米国に行ったことが大きな転機となりましたね。
-MBAを取得し、アップルに入社しました。
 実はその前に1年、いまのアクセンチュアで経営戦略のコンサルをやっていました。でも、自分には向かないと分かった。答えがはっきりしているのに実行しない企業が多かったからです。実行しても時間がかかりすぎる。自分で決める側に変えようと。
 アップルとマイクロソフトの日本法人からオファーをもらいました。マイクロソフトはウインドウズを出し、伸びていくと思った。逆にアップルはこれから大変になると。でも、選んだのはアップル。
 入社したら売り上げが倍々で伸びた。マウスが当たったからです。それで、営業がゆったりしちゃて。来年大変になるから、今年の売り上げを抑えようと、注文書を隠しちゃうほどだった。これはおかしいなと思っていたら、すぐに大変なことになった。あっという間に業績は急降下した。
―悪い予想が当たってしまいましたね。
 会社に余裕がないから、できそうな人を抜擢しました。実は私、入社する際、課長でと言われたのですが、平社員でお願いしますと断った。組織で働いた経験がない。社長しかやってないから(笑)。
 その一兵卒が入社1日目に社長に対して社内メールで「いまの経営課題のブリーフィングを明日の3時からやってください」と送った。仕事をするのに、社長がどんな考え方をしているのか分からなければできないですから。後から聞きましたけど、とんでもない社員がきたと話題になったらしいですがね。
 半年後に課長になり、さらに半年後に副部長。2年半たったら1500億円規模の事業の責任者です。マイクロソフトに行っていたらこうはならなかったでしょう。私を採用した部長が逆に部下になったが、ビジネスではまったく問題にならなかった。「気にするな。必要なことを指示してくれ」と言われた。そういうカルチャーがあったんです、アップルには。


▲ロゴマークはカナダ産のリンゴに由来する

斬新なパソコンを次々に投入
【アップル】1976年、スティーブ・ジョブズらによって創設された。コマンド入力を排したマウスを使用。低価格のiMac、携帯デジタル音楽プレーヤー、iPod、携帯電話のiPhoneなどを世に出した。

福田尚久(ふくだ・なおひさ)

1962年7月、吉岡町生まれ。前橋高―東京大文学部卒。米ダートマス大経営大学院(MBA)修了。アップル本社で副社長に就任、スティーブ・ジョブズを支える。2002年、日本通信に入社、15年から社長。今年4月、前橋工科大理事長に就任する。

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