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藤井編集長が選ぶ【みやま文庫この一冊▶6】
萩原進編『上州事始め』(第62巻)
2026.08.17
60年以上にわたって群馬の歴史や文化を伝える図書を出版してきた「みやま文庫」には、郷土の英知を結集した「名著」がそろっています。これまでの刊行数は255巻。1冊1冊が貴重な文化遺産であり、群馬の宝です。その魅力を少しずつ、気ままに紹介していきます。(みやま文庫編集長/藤井浩)
萩原進編『上州事始め』(第62巻)
昭和51(1976)年10月刊
400項目の事物起源
▼群馬県で電話交換業務が始まったのは、明治36(1903)年7月7日のことである。では最初の加入者は? 答えは前橋の「藤の屋旅館岩田久作氏邸」。藤の屋旅館かつては白井屋旅館(6年前に「白井屋ホテル」として再生)と並ぶ前橋の代表的な老舗旅館で、第一銀行頭取時代の渋沢栄一が宿泊した記録もある。
▼『上州事始め』の「電話一番(前橋)」の項でこの旅館を挙げていた。本書はそんな群馬(上州)の「事物の始まり(第1号・起源)」を分野を限らず集めて紹介する一冊だ。1ページ2項目ずつ、合わせて400項目にも及ぶ。萩原進さんをはじめ群馬の歴史・文化研究者9人が執筆した。
▲『上州事始め』
▼目次を見て驚かされるのは、その題材の幅広さである。鉄道、銀行、温泉、大学、デパート、政党…と政治、産業、文化、教育、行政など多岐にわたるジャンルの画期的な出来事が並ぶが、その一方で、ぎゅうなべ屋、ゴムぐつ、赤電話、理髪店、マッチ、ビニールハウス、ワンマンバスなど、身近な事柄も丁寧に収録されている。こうした歴史のなかに取り上げにくい生活文化、生活者の視点も、地域社会をとらえるためには欠かせない要素なのだ、という考えが本書の基本にある。
▲『上州事始め』目次
背景に大きなドラマ
▼モノ、出来事とともに「人」を描いているのも特徴だ。群馬初の医学博士で後に京都帝国大学総長となった安中出身の荒木寅三郎、群馬が生んだ最初の映画スターである桐生出身の山本嘉一、木活字を考案した旧勢多東村出身の糸井鳳助、初の東京芸大卒業生である前橋出身の細谷而楽など、それぞれの分野で道を切り開いた群馬ゆかりの人物が数多く紹介される。
短い記述ながら、その背景に大きなドラマが感じられるのは、単なる事実の羅列ではなく、社会的背景とともに教科書には載らないような郷土の先人たちの、導入にかける情熱や苦労、息遣いが事細かに描写されているからである。制度や建物だけではなく、それを始めた人々の存在に目を向けているからこそ、「事始め」は生きた歴史となる。
▲『上州事始め』口絵
忘れられた重要な歴史の舞台
▼ところで、前述した「藤の屋旅館」については、以前から関心を持っていた。群馬県庁近くにあり、明治期、渋沢栄一が宿泊所として利用するほど格式のある旅館だったのに、前橋の観光案内などにはほとんど記録されていないのはなぜか、と不思議に思っていたからだ。
▲『上州事始め』の「電話一番(前橋)」で紹介された「藤の屋」(『群馬県営業便覧 上』みやま文庫復刻版より)
本書の記述に触れたのをきっかけに、明治37年刊行の『群馬県営業便覧』(みやま文庫復刻版)に当たったところ、「旅館兼下宿 藤の屋 岩田久作 電話一番」とあり、群馬県師範学校(現在の前橋市役所庁舎と北側駐車場)の北東に位置していたことが確認できた。しかし同書の別のページにある前橋の有力な旅館が並ぶ広告にはその名がない。そこであらためて調べたところ、この旅館の実相や歴史に埋もれてしまった理由が少しずつ分かってきた。この謎については、別な機会で紹介したい。
「最初」という切り口で地域を掘り下げた『上州事始め』は、開くたびに見過ごしていた大事なことを浮かび上がらせてくれる。いつも手元に置いておきたい本である。
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