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藤井編集長が選ぶ【みやま文庫この1冊▶2】
山崎一『上毛古戦記』 

2025.06.04

藤井編集長が選ぶ【みやま文庫この1冊▶2】
山崎一『上毛古戦記』 

 64年間にわたって群馬の歴史や文化を伝える図書を出版してきた「みやま文庫」には、郷土の英知を結集した「名著」がそろっています。これまでの刊行数は253巻。1冊1冊が貴重な文化遺産であり、群馬の宝です。その魅力を少しずつ、気ままに紹介していきます。

根底に流れる平和への思い

山崎一『上毛古戦記』(第23巻)
1966(昭和41)年9月刊

 群馬の城郭研究で大きな業績を残した山崎一さん(1906-1990年)による『上毛古戦記』は、絶版になって久しいが、10年前に復刻版事業を始めて以来、最も注文の多い書籍の一つである。
 関八州古戦録、箕輪記、石倉記などの合戦記をもとにして、中世からの上野国の戦乱を年代順に記録している。87編から成り、取り上げているのは「染谷川の戦」(935年)、「新田義宗笛吹峠の合戦」(1352年)、碓氷峠の戦(1546年)、謙信沼田の陣(1559年)、信玄白井城攻略(1572年)、平井落城(1551年)、箕輪落城(1563年)、岩櫃落城(1565年)など。各地域で繰り広げられた戦闘の始まりから終わりまでをつづっており、歴史読み物として引き込まれる。
 その記述の基本にあるのは、平和を強く求める思いだ。「はじめに」で、〈死の恐怖と不幸とをもたらす「戦争」は人の最も忌み嫌う所である。それにもかかわらず、戦は昔も今も絶えることがない〉と戦の理不尽さを強調している。
 山崎さんの代表的な著作として知られるのは、県内の城跡を詳細に調査・分類した『群馬県古城塁址の研究』(上・下、群馬県文化事業振興会)で、『上毛古戦記』の数年後に出版された。

 その自序で、城郭研究を志した理由として前著と共通する思いを書いている。
 満州や南方で過酷な戦争を経験した末に、2年間の抑留生活を経て郷土の高崎に戻ったとき、多くの国民が〈先人の創造したものなぞ、全く忘れ去ってしまった〉ように見えたという。
 そして、少年時代に箕輪城址、高崎城址を見て感銘を受けたことを思い出し、〈私の出来るのはただ、ここにこうした遺蹟があったということを記録にのこすしかない〉と決意し、〈全力を傾注し、あらゆる犠牲を払って実行を続けたのが〉群馬県の全城址を丹念に調査する仕事だった。
 『上毛古戦記』もそんな山崎さんの大きな成果の一つとして挙げられる。

復刻版を出版した小野沢さん

 この本に魅せられた人がいる。
 群馬の歴史や文化に関わる数々の書籍を刊行した「あかぎ出版」社長の小野沢敏夫さん(1937-2012年)である。
 山崎さんが亡くなって5年後の1995年、遺族の承諾を得て、解説、注、中世文書資料、年表などを加えた再編・復刻版を出版したのだ。箱入り、布クロス装、定価4100円という豪華本として。
 小野沢さんはあとがきで、この出版を〈小社にとって長い間の念願であった〉とし、その理由をこう説明している。
 〈「戦」を好奇の目で見るのではなく、それぞれの時代性の中で「人間の歴史」として見据えることへの願いが込められている〉
 そして〈今、思想を失った書物が氾濫する中、貴重な名著と確信している」としめくくった。
 みやま文庫の歩みをたどっていくと、1冊1冊に固有の物語がある。これからも少しずつ紹介していきたいと思う。

▲あかぎ出版による再編・復刻版『上毛古戦記』

山崎一(やまざき・はじめ)

 1906(明治39)年、高崎市大橋町生まれ。高崎中学卒業。高崎市立中央小学校教員。満州事変に従軍。南方軍総司令部付。終戦から2年後に帰還復員。高崎女子高校事務職員となる。高崎市文化財専門委員、県文化財審議会委員などを務める。主な著書に『群馬県古城塁址の研究』(上・下)、『群馬県古城塁址の研究 補遺篇 上』『群馬県古城塁址図集 全5冊(64城)』など。1990(平成2)年死去。