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【記者の目】映画『ブルーボーイ事件』前橋で初上映
全国初レビュー、記者が見た光と影
2025.10.06
まだ胸からあの光景が離れないーー。会場には期待とざわめきが静かに満ちていた。錦戸亮、中川未悠主演、飯塚花笑監督の話題作『ブルーボーイ事件』を全国に先駆け、前橋シネマハウスの暗闇の中で観た。スクリーンいっぱいに広がるのは昭和の色、光、人の息づかい。社会派という枠を超えて、生命がにぎやかに脈打つような映画だった。
(文/阿部奈穂子)
光のはじまり
▲スクリーンに色があふれる
最初の瞬間、色に心を奪われた。
昭和の濃厚で鮮やかな色。主人公サチのスカートの青、古い医院のベージュの壁。ブルーボーイたちの赤やピンクのドレスや街のネオン。
そのどれもが息をのむほどに美しく、同時に少し怖いほどの鮮やかさだった。見惚れているうちに、自分の中のどこかがざらりと反応する。なぜこんなに綺麗なのに苦しいんだろう。
1960年代の東京。オリンピック、万博、華やかさの裏で、誰かが“異質”と呼ばれ、排除されていった時代。痛ましさと同時に、まっすぐに生きようとするブルーボーイたちの姿。気づけば、スクリーンの奥に引きずり込まれていた。
▲個人的に「夜のワルツ」と名付けた一枚。夜の世界を警察が取り締まるシーン
サチの透明感
▲圧倒的な存在感を放つサチ
映画の主人公サチは、男性から女性へと性転換し、女性として静かな日々を生きようとする人物だ。
サチは、汚れた街の空気を割って入る風のようだった。現れた瞬間、場の温度が変わる。どこか、傷つかないように息をしているようにも見えた。
演じたのは中川未悠さん。演技経験のない彼女が主役に選ばれた理由はすぐに分かった。作りものではない澄んだ佇まい。内側からふっと光が漏れるような温かさ。少したどたどしい口調さえ、初々しくて愛おしかった。
同棲相手に抱き寄せられるシーンも、狭いアパートで古いおひつからご飯をよそうシーンもどこか凜としていた。
▲「女性になりきりたい」と医者に話すサチ
法廷の声
印象的だったのはやはり法廷シーン。映画を観終えても、法廷の空気が体のどこかに残っていた。
迷いながらも、自分の言葉を探すブルーボーイたち。検事と弁護士の声が交差し、そのたびに場の温度が上がる。誰もが正しいことを言っているのに、正しさが少しずつ人を追いつめていく。
激しさの分だけ、ブルーボーイたちの静かな寂しさが際立った。その底に、私たちがいまも抱え続けている偏見のかけらが見えた気がした。見ないふりをしてきたのは、たぶん、私自身だ。そして胸の奥で何かが動く気配だけが残った。
▲法廷で証言するサチ
カメラの向こうに
▲現場で指示を送る飯塚監督
撮影に入る前、飯塚花笑監督にインタビューした。「弁護士役に錦戸亮さんが出るんですよ」と、少しだけ声を落として教えてくれた。「でも、絶対に内緒です。かん口令が出ていますから」
言わなければいいのに、教えてくれた。その瞬間、私はこの映画を応援しようと決めた。
監督は昭和の銀座を、前橋の街で再現した。それが私たち市民にとって、どれほどの誇りだったか。
完成後のインタビューで、監督と少しだけロケ地を歩いた。前橋スズランの前で監督が立ち止まり、「この角度で撮ると、昭和の銀座の松坂屋に見えるんですよ」と、両手でカメラの枠をつくって見せてくれた。
その笑顔を見たとき、心の中で呟いた。ああ、この人はやっぱり天才だ。
▲前橋市を拠点に活動する飯塚監督
“排除のまなざし”は、時代の名を変えて今もある。けれど、その陰で光を失う人がいるなら、目をそらさずにいたい。
11月14日、映画『ブルーボーイ事件』は一般公開され、15日から前橋シネマハウスで上映が始まる。スクリーンの向こうに映るのは、昭和の街か、それとも今の私たちか。その境い目は、思ったより近くにある。
この街で生まれた一本を、まっすぐに見届けたい。
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