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鈴木貫太郎と前橋空襲
前橋平和郵便局で8月29日まで

2025.08.07

鈴木貫太郎と前橋空襲
前橋平和郵便局で8月29日まで

 太平洋戦争を終戦に導いた前橋市ゆかりの首相、鈴木貫太郎と600人近い市民が犠牲になった前橋空襲に関する資料を集めた終戦80年企画展が8月29日まで、前橋平和郵便局で開かれている。前橋市内の歴史研究家、庭野剛治さんが自ら収集し、調査した写真や文献を展示している。

庭野さんの収集品を公開

 鈴木貫太郎の母校である前橋市桃井小の後輩にあたり、登下校の際に「正直に 腹を立てずに 撓まず励め」と刻まれた教訓碑を目にし、第二校歌のように教訓歌を歌った庭野さん。「彼がいなかったら終戦がさらに遅くなり、さらなる犠牲があった。多感な少年期、青年期を前橋で過ごした鈴木貫太郎を多くの市民に知ってもらい、『戦争と平和』について考えてほしい」と願い、今回の企画展を開いた。

▲前橋城や生糸の歴史にも詳しい庭野さん

 自ら撮影した写真は教訓碑をはじめ県民会館や赤城大沼などにある鈴木貫太郎や弟の孝雄が揮ごうした石碑などがある。

 教訓碑は終戦直後、GHQに撤収されるのを恐れ、市議をしていた庭野さんの曽祖父、高橋道郎さんが自宅で保管していた時期があったという。

▲桃井小にある教訓碑。右は完成後に表敬した鈴木貫太郎

特攻兵への激励の出征旗

 前橋空襲関係では焼け野原になった市街地の白黒写真を並べている。木造家屋がほとんど燃え崩れた中、鉄筋コンクリート造だった麻屋百貨店が残っていたのに驚かされる。

▲空襲を受けた直後の前橋市街地

 会場となっている前橋平和郵便局の石井祐之局長も数年前に実家を整理していて見つけた出征旗を掲示している。

 父親が特攻隊の養成施設に入る際、親戚や友人から贈られたもので、真ん中に日の丸が描かれ、「祝入営 石井隆一君」とある。寄せ書きには「一機千艦」、「神風精神」など勇ましい檄が書かれている。

 幸い、出撃する前に終戦となり九死に一生を得た。「特攻すれば確実に命はなくなるのに、旗には『武運長久』とも書かれ、秘かに無事を願っていた人もいたようです。戦争が長引けば私はいまこの世にいません」と平和の尊さをかみしめていた。

▲父親の出征旗を披露する石井さん

 前橋平和郵便局は2004(平成16)年から「地域に開かれた郵便局に」(石井局長)と、まちなか美術展を開いている。地域の美術、写真愛好家らに開放しており、今回で219回となる。

終戦80年企画展「鈴木貫太郎」と「前橋空襲」

お問合せはこちら
027-231-1801
・会期 2025年8月1日(金)~8月29日(金)
・時間 9時~17時
・休館 土曜、日曜、祝日
・会場 前橋平和郵便局
前橋市平和町2-18-15