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昭和天皇と鈴木貫太郎・タカ夫妻
二・二六事件の奇跡、深い絆をたどる

2026.09.05

昭和天皇と鈴木貫太郎・タカ夫妻
二・二六事件の奇跡、深い絆をたどる

 終戦時の首相として日本を戦争終結に導いた前橋ゆかりの鈴木貫太郎と妻たか、昭和天皇との知られざる深い絆に光を当てる講演会「昭和天皇と鈴木貫太郎・タカ夫妻」が9月12日、前橋市の上毛ホールで開かれる。「大河ドラマ『鈴木貫太郎』を実現する会」の主催。昭和天皇記念館館長の梶田明宏氏を講師に迎え、激動の昭和を生きた夫妻と天皇の関係を紐解く。

戦争止めた前橋ゆかりの首相

 鈴木は少年時代を前橋で過ごし、厩橋学校(現前橋桃井小)、群馬県中学校(現前橋高)で学んだ。海軍に進み、連合艦隊司令長官を歴任。1929(昭和4)年から侍従長として昭和天皇に仕えた。

 1945(昭和20)年4月、77歳で首相に就任、同年8月、ポツダム宣言を受諾して終戦へと導いた。

▲最後の御前会議

▲御前会議の席順

タカ、夫の命を救う

 講演で注目されるのが、妻のタカの存在だ。

 タカは東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)を卒業後、1905(明治38)年から10年間、皇孫御用掛として幼少期の昭和天皇らの教育係を務めた。その後、鈴木と結婚。夫が侍従長となったことで、夫妻そろって昭和天皇に仕えることになった。

▲二・二六事件の様子を描いた絵

 夫妻を語るうえで欠かせないのが1936(昭和11)年の二・二六事件。反乱部隊に官邸を襲撃された鈴木は銃弾を浴び、瀕死の重傷を負った。

 さらに軍刀でとどめを刺されようとした瞬間、タカが制止した。夫を守ろうとする毅然とした態度を前に、襲撃部隊を率いた安藤輝三大尉は軍刀を収め、部隊を引き揚げた。

 大量出血で一時は心臓が停止した鈴木だったが、懸命な治療とたかの呼び掛けによって奇跡的に息を吹き返した。

「母のように思っている」

 幼少期からタカを知る昭和天皇にとって、鈴木夫妻は特別な存在だった。

 史料では、昭和天皇が鈴木にたかの様子を尋ね、「タカのことは、母のように思っている」と話したと伝えられている。

 鈴木自身も長く侍従長を務め、昭和天皇から厚い信頼を寄せられた。終戦という国家の重大局面で首相を務めた背景にも、両者の長年にわたる信頼関係があったとされる。

 講演会では、昭和天皇と鈴木夫妻がどのような関係を築き、激動の時代を生き抜いたのか、歴史の実像に迫る。

講演会「昭和天皇と鈴木貫太郎・タカ夫妻」

お問合せはこちら
027-226-6013(ヒストリア前橋)
・日時 2026年9月12日(土)
14字開演(13時30分開場)
・会場 上毛ホール
前橋市古市町1-50-21
・参加費 無料
・主催 大河ドラマ「鈴木貫太郎」を実現する会