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前橋の伝統野菜 田口菜と宮内菜
2026.02.25
春が来たな、と思う瞬間がある。店先のかき菜の山を目にしたときだ。柔らかい緑の束が並びはじめると、冬の終わりがはっきり見える。前橋にはこの時期だけ顔を出す伝統のかき菜が2つある。「田口菜」と「宮内菜」。見た目は似ているのに、育ってきた道も守ってきた人もまるで違う。旬の短い野菜を追うと、畑の向こうに「残したい」と願う人々の姿が見えてくる。
(取材/柁原妙子リポーター)
田口菜
郷土の名を戴くかき菜
明治天皇に美味と言わしめたという、田口菜。採れたてをサッと茹でていただくと、優しい甘みの後からほろ苦さが口に広がり、ふわりと鼻に抜ける。上品で、あとを引く美味しさ。
▲蕾をつけた若い芽を摘む
田口町の先祖代々の田口菜発祥の地を守る、芝田謙治さん。自宅で田口菜を作るほかに、長さ約20㍍の畝40列の畑を、地元のほたるを守る会の仲間とともに育てている。1列1000円で希望者に販売し、購入者は自分の畝から好きな時に収穫する。30〜40年ほど前、この様式の事業を営んでいた農家が廃業する際に、今の価格に下げて引き継いだ。
ただ、ここ数年と同様に消毒を省いたら、今年は小さなダニの害虫が大量発生し、全滅状態に。「心待ちにしている人に申し訳ない」と肩を落とす。
繊細な田口菜は手がかかり、「完全に赤字のボランティア」だという。今年のように収量ゼロの年も往々にしてあるそうだ。それでも「守る価値がある」と続ける芝田さん。その言葉には力が宿っていた。
▲芝田さん
▲田口菜発祥の地に建つ碑
田口菜が市場に出回るのは、農家が自家用に栽培したものの一部を産地直売を扱う店舗にごく少量納める程度。
購入ではなく、会員となり一連の栽培の中の摘み菜体験という形で田口菜を得る道もある。岩﨑富雄さんと岩﨑捷男さんは、地域の住民と支え合い「菜の花プロジェクト」を運営する。草刈りや施肥、種蒔き、摘み菜収穫、種子採取までの一年を通じた作業を、南橘地区地域づくり推進協議会の事業のひとつとして2007(平成19)年から継続している。昨年までは菜種油も作っていたが、搾油を依頼していた業者が廃業したため、今年は今のところ未定。
2月下旬、今年の摘み菜の開始日には、4反の畑に朝から会員たちが三々五々、途切れることなく訪れた。
▲宮﨑捷男さん(左)と富雄さん
今年の畑の出来は、一部生育の悪いところもあるが、概ね良好。暖かい日が続き既に花を咲かせている株もチラホラ。会員たちは銘々袋いっぱいに収穫し、帰って行った。
現在会員数は70名ほど。基本的には南橘地区の住民対象だが、岩﨑さんたちは「どなたでも応募できるので、一緒に田口菜を育ててみませんか」と呼びかけている。登録窓口は南橘公民館。
▲上毛三山を臨む小高い丘にある畑
宮内菜
芳賀育ち、宮内さんの研究の賜物
「かき菜との付き合いは勢多農林高からだよ」と笑みを浮かべる91歳の宮内禎一さん。今日まで生涯をかけて作り続けるそのかき菜は、宮内さんの名前から名付けられている。
クセがなく甘味と旨味に富む宮内菜は、おひたしや炒め物など色々な加熱調理で楽しめる。特に、茎が味わい深い。
▲宮内さん。今も夫婦で栽培、出荷している
元々は、明治初期に政府が牛の飼料用に輸入したセイヨウアブラナ。かき菜を食べると美味しいことから、農家では自宅で栽培するようになっていった。
このかき菜を、宮内さんは持ち前の探究心で売れる野菜に育成した。20代半ばで結婚したときは改良の只中。食味だけではなく色にもこだわり、葉に紫色が出るものを除いた。収穫の際に楽に摘める高さも求めた。カネコ種苗種苗部の渋谷明さんと寺田幸平さんは「宮内さんの凄さは、際立って均質なものを作り出したこと」と、口を揃えて称える。
宮内菜は倍数体(染色体が多い)で寒さや病気に強く、収穫量も多い。育てやすいので家庭菜園で好まれることから「八百屋ごろし」の異名まで持つ。
宮内さん自身は特許の意識なく育成したが、カネコ種苗から知的財産として登録を勧められた。名前は、農林省(当時)から「宮内菜と禎一菜、どちらにしますか」と提示され、熟慮の末前者を選び、1972(昭和47)年、「宮内菜」は誕生した。
しかし、宮内さんの探究心はここで留まらなかった。営農だけでなく1997(平成9)年からは前橋市議会議員を4期務めながら、通常より早く花が咲くものに着目し、1月から採れる早生品種を作り出したのだ。こちらもまた、完成の後に知ったカネコ種苗の勧めで、2023(令和5)年に「早生宮内菜」で品種登録された。
▲かがまずに収穫できる丈に育つ
その早生宮内菜を、道の駅「赤城の恵」に携わる産直「味菜(あじさい)」組合長の小野里善夫さんは、市民向けに栽培・収穫する体験会を企画運営。秋蒔きの前橋の伝統野菜作りとして、上泉大根とともに今年度まで主催していた。
取材時、早生宮内菜は既に収穫した後だったが、自宅用に栽培していた宮内菜の畑を見せてもらった。本来なら腰のあたりまで伸びるが「今年は雨が少なくて背丈が低い」という。露地栽培故の難点もあるようだ。摘みながら「(葉というより)茎を食べる感じだね」と教えてくれた。
JA前橋市北部営農センターによると、前橋市内では現在芳賀地区の比較的高齢の農家5〜6軒で生産しており、「かき菜」の名称で主に県内と東京方面に出荷。ただし、「かき菜」で売られているものすべてが宮内菜ではない。産直を扱う店舗では「宮内菜」の名で販売される場合もあるという。
▲小野里さん
前橋の畑から生まれた田口菜と宮内菜。どちらも見た目はよく似ている。だが、その背後にある物語は正反対なくらいに違う。
畑を守る人、体験の場を作る人、品種を磨き上げた人、売り場につなぐ人。たくさんの手で辛うじて残っている野菜だ。売り場で見つけたら、迷わず一束。食べて初めて、この町の春がはっきりわかる。


