interview
聞きたい
【聞きたい 萩原朔美さん】
前橋の風土が詩を書かせた
2024.12.23
「朔太郎の孫」と呼ばれることが嫌で、詩を書くことを拒んできた前橋文学館特別館長の萩原朔美さんが“禁断”の詩を書きました。2025年春には初の詩集を出版します。なぜ、詩を書いたのか。詩に何を込めるのでしょうか。
”禁断”を破った理由は
―詩誌『指先の月』に5編の詩を投稿しています。
前橋の詩人、新井隆人さんに頼まれました。普通だったら絶対断ると思う。でも、新井さんには以前からいろいろリクエストされて、それに応えていくうちに詩の朗読も始めました。それで、やってみようかと、ふと試みたのが今回発表した詩です。
―「詩を書かない」とかつて話していました。萩原朔太郎の詩を読むこともないと。
男って、みんな嫌なんだと思う。手塚眞君(映画監督)は漫画描かないでしょ。谷川賢作君が詩を書きますか。親と同じことをしないんだよね。
娘は書くのね、平気で。太宰治の娘、津島佑子も太田治子も。父親のこと好きだから書ける。
孫になると、結構嫌なもんで。「孫」って言われ続け、「私はだれでしょう」ってなるから、書かないと決めていた。
―その“禁断”を自ら破ったのはなぜですか。
もうね、70過ぎると人間じゃないのよ。「老人」という名の人種。何だってできる。詩人だってなれる、禁断のね。楽勝よ(笑)。
まあ、たぶん、半分、前橋に住んだからできたこと。前橋の風土が書かせてくれた。前橋文学館に来ることになって、朔太郎賞にも関わって、詩も読むようになったんです。8年間です。東京にずっといたら、詩は読まない、書かない人生だったでしょうね。
「声」テーマに来春、初の詩集
―初めて作った詩。出来栄えはどうでしょう。
詩になっているかどうかは読者にお任せします(笑)。ただ、昨年、朔太郎賞を受賞した杉本真維子さんは褒めてくれたな。「びっくりした」とか言って。
でも、散文じゃない世界を覗けたのは楽しかったです。散文ではない表現の自由を味わえました。
―詩はどんな状況で書くのですか。
みんな、これ。スマホで電車に乗りながら書いている。机に座って、じっくり考えて、なんてことはしません。それを文字に起こして、推敲します。書き癖がついちゃって、もう30編くらい書きました。詩人になっちゃたよ(笑)。
―これらを来春の詩集に収めるわけですね。タイトルは決まっていますか。
全部で40編くらいになるでしょう。タイトルは未定です。
テーマは「声」。前橋に来ると、いつもだれかの声が聞こえてくる。それは何の声だろうか。ルーツかもしれない。耳鳴りは誰の声か。母親か。老いに向かう中で体から発している声かもしれない。声にまつわることを考えるようになって、これをテーマにしました。
文学館の企画で「声も重要な展示だ」と言い続けてきたせいかもしれない。印刷物だけじゃないよと。
詩も声に出して読むと黙読とは明らかに違う世界が見えてくる。吉増剛造さんは「黙読は理解できる。音読は心に届く」と話しています。声は重要なんじゃないかな。
―作風はおじい様に似てきますか。
100%ない。似ようがないよ(笑)。
ただ、朔太郎賞の選考委員をしていて、候補作の詩集を読んでいるから、スタイルは現代詩のイメージはあります。現代詩に大いに触発されている。
―理想の詩は?
谷川俊太郎さんのように簡単な言葉で優しい詩を書けたらいいね。優しい言葉で難しいことを表現する。短い言葉で、ちょっとでも世界の人の在りようが垣間見えるようにできれば。言葉を使って人の入口を目指す旅が始まる感じ。詩人だね、言うことが(笑)。
みやま文庫にも執筆
―もう一つの禁断とした小説は書きませんか。
時間がないんだよね。あれば書けるし、書きたい。時間がないことを言い訳にしているけどね(笑)。
でも、実は短編小説集は出しているんです。『天使の声』って単行本(1978年発行)。すっかり忘れていたけど、少し前に「あの本が忘れられない」ってある人に言われて思い出した。
『ビックリハウス』の編集をやっていたとき、急に2㌻穴が空くことがある。もう、輪転機が回っているんだから自分が書くしかない。出来? これが結構、泣かせるんだよ。青春していたんだな(笑)。
―『みやま文庫』にも執筆することが決まりました。
文学館で企画展の開催に際して書いたことを中心に、文学館のあり方など新たに書き下ろしたものを加えて発表します。これも来春になるんじゃないかな。
自分の人生の記念誌として、散文と韻文の本ができる。これは大変うれしいことです。
萩原朔美(はぎわら・さくみ)
1946年11月、東京都生まれ。寺山修司が主宰した「天井桟敷」の旗揚げ公演で初舞台を踏む。俳優の傍ら、演出を担当し映像制作も始める。版画や写真、雑誌編集とマルチに才能を発揮。世田谷美術館に版画、オブジェ、写真のすべてが収蔵されている。著書多数。多摩美術大学名誉教授。2016年4月から前橋文学館館長(現在は特別館長)。2022年4月から金沢美術工芸大客員教授、2023年7月から前橋市文化活動戦略顧問。