聞きたい たかのさん5▶︎
依存心捨てて真の自立を 自分の魅力、自分で探そう

エステという言葉を日本で確立させ、普及させた美のカリスマ。前橋で理容師となり20歳で上京した。パリでエステを学び、30歳でエステティックサロンを開設。海外の技術を融合した独自のエステを確立、業界トップに上り詰めた。苦労を重ねた故郷を愛し、お世話になった「鐘の鳴る丘少年の家」の後援会長を務めている。

―人口減少社会の中、エステ業界を生き抜くため、どんな戦略を描いていますか。
「2つ考えています。まずは店舗の再編です。大きな旗艦店を作る一方で小規模の店を閉めていく。旗艦店は50店舗くらい。現在の半分程度ですね。
 なぜそうするか。この業界は典型的な人材集約産業です。人を育てるのに恐ろしく時間とコストがかかる。いまは20年、30年のキャリアがあるスタッフが軸となっているからいいけど、働き方改革もあり、なかなか人材を輩出するのが難しくなります。
 すべての店舗に、店の運営を任せる人材を送ることが難しくなりますね。そこで、旗艦店に集約するわけです。店は半分になっても1店舗当たりの売り上げが倍になればいいわけです」
 ―そうですね。もう1つは?
 「化粧品の販売を強化します。私の44年の思いを込めて作った化粧品。エステから生まれた化粧品で、『たかの友梨』の名を残したいですね。マッサージに行かなくても済むような形にしたいです。いや、来ていただかないとね(笑)。
 すでに社長を退き、会長になっています。本当はそれも降りて、テレビに出て芸能活動していたい(笑)。エステという母体を大切にしながら、商品に思いを託し、世に広げていきたいですね」
 ―新しいサービス、事業は考えていますか。
 「常に仕掛けていきます。オンラインも強化しています。TikTokも考えています。私がスッピンで出て、うちの化粧品を使って自分でメイクしながら『たかの友梨』に変身する企画。面白そうでしょ(笑)」
 ―肌といえば、群馬県の女性は化粧品会社のランキングで最下位となっています。何かアドバイスを。
 「乾燥していますからね。保湿が一番大切です。エステに来て、きちんと診断してもらい、自分に合った化粧品、『たかの友梨』をお使いください(笑)。
 乾燥肌の方はだいたいオイルを使うのですが、それ間違いなんです。油分じゃない。いかに水分を肌に置いておくかなんです」
 ―大変な苦労をされて、一代で美容業界のトップになりました。次代を担う若者にエールを。
 「依存心を捨てることが大事です。親がこうだとか、家が貧乏だとか、勤めた会社がああだとか、いま自分が置かれた境遇を人のせいにしないこと。つまり、真の自立が大事です。
 何があっても自分の問題として捉えていくと、すごく楽になり、前に進むことができます。人のせいにすると、そこでストッパーがかかってしまう。ストッパーがかかることを排除していくようにしましょう。学歴がないならないなりに、体力がないならないなりに、自分の魅力を自分でみつけて、しっかり立つというのがだいじなんじゃないでしょうか」

たかの・ゆり

1948年1月、新潟県湯沢町生まれ。前橋女子高校(定時制)卒。理容師から化粧品のアドバイザーに転身。フランスでエステティックを学び、美顔器販売を経て、たかの友梨ビューティクリニックを開設する。「鐘の鳴る丘少年の家」後援会長。


たかの友梨ビューティクリニック(不二ビュティ)

1978年9月開業。全国に84店舗を展開。県内には前橋(スズラン別館)、高崎湯都里、太田安眠の湯の3店舗。本社・東京都渋谷区代々木。

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