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萩原康充さん亡くなる
レストランスワン元社長

2026.07.13

萩原康充さん亡くなる
レストランスワン元社長

 レストランスワン(前橋市問屋町)の社長を長く務めた萩原康充さんが7月5日に亡くなっていたことが分かった。87歳。告別式は家族と親族で執り行った。本格的なフランス料理店やイタリア料理店をいち早く出店するとともに、英国式の教会を使った結婚式を導入するなど、時代の先端を行く経営でスワンを大きく成長させた。

レストラン、ブライダル改革

 萩原さんは1943年、前橋市生まれ。映画好きが高じて映画興行会社の野中興業に入社、社長の妹の山崎秀冠さん(故人)が1965年に創業したスワンに移った。長く山崎さんを支え、2007年、社長に就任した。

 創業当時、食堂だったスワンを改革、敷島公園前のフランス料理店「朔詩舎」をはじめ、イタリア料理店「チィニョ」、欧州料理の「ヴォレ・シーニュ」などを次々と開店した。

▲萩原さんの想いが詰まった「朔詩舎」。自らコレクションした萩原朔太郎の資料が飾られている

 ブライダル事業にも進出、前橋市と高崎市に英国の教会や邸宅を建設した。結婚式の際、萩原さんは自らロビーに立ち、お客様を真っ先に出迎えた。

▲群馬県庁31階のレストラン「ヴォレシーニュ」。フランス語で「飛ぶ、白鳥」を意味し、スワンの一層の発展を願って萩原さんが名付けた

T-1グランプリ生みの親

 本業以外にも、前橋市の観光、商業の活性化に貢献した。

 赤城南麓で生産される良質な豚肉に着目、豚肉料理を前橋市の名物にしようと、2009年に「T-1グランプリ」を中心になって始めた。いまも市内の店で見られる「とんとん汁」も萩原さんらが考案した。

▲萩原さんが積極的に推し進めたT-1グランプリ

仕事熱心でおしゃれ

 告別式は8日に行われた。高崎のザ・ジョージアンハウスやロイヤルクレストハウスを創立し、英国文化を広めた貢献で、2003年、エリザベス女王陛下のガーデンパーティーに招かれた時のディレクターズスーツを着て、カスミソウやユリなど大好きな真っ白な花に囲まれ昇天された。

 長女の作能小百合さんは「とにかく仕事熱心で、優しく温かく、グルメでオシャレな父でした」と話している。