【聞きたい福田さん4】
アップルの世界戦略ジョブズに進言する

前橋市が推進するスーパーシティ構想で、計画の統括者「アーキテクト」を務める福田尚久さん。アップルでは副社長となり、スティーブ・ジョブスとともに巨大企業に成長させた。日本電信の社長であり、今年4月から前橋工科大理事長の肩書が加わった。4つの顔を持つ男が故郷の明日を劇的に変える。

日本市場立て直しに販売店改革
ジョブズは「FukudaさんGo」

 

-スティーブ・ジョブズと出会います。
 アップルジャパンの三分の二の事業責任者であり、グローバル戦略のプロジェクトリーダーをしていた時期でした。1997年の春。スティーブが時々、日本のオフィスに来ているらしいと噂になっていた。後になってカリスマだの言われますけど、その時は無役で、単なる株主。新宿や渋谷に2人でよく出かけても、だれにも気付かれなかったですね。
 ある時、「グローバル戦略を聞きたい」と呼ばれ4~5時間にわたって議論した。これが最初の出会い。私は「フォードではなく、ポルシェみたいにしないとだめだ」と強調しました。当時、フォードは日本でマツダを持っていた。イギリスだとジャガー、ドイツではオペルを。フォードのグループがそれぞれのブランドで展開していました。
 当時のうちも似た感じ。小型のノートブックを日本IBMに作ってもらい、日本だけで売っていた。
―ポルシェの戦略とは?
 東京の渋滞した真夏の道路でもエアコンが利き、北極に近い雪や氷の上でも走れるようにしている。世界中の基準を満たしたものを一つの製品にして世界中にマーケッティングしています。
 マイクロソフトはOSだけ作っている。デルはOS作らずにパソコンだけ。アップルは両方やっていて、研究開発投資が大きくなる。その分、市場を大きく取ろうとしたのです。ポルシェみたいにね。
―理論は分かりますが、実際に導入するとなると問題がありそうです。
 はい、車は一つの製品のサイクルが6、7年。しかし、パソコンは1年で変わる。でも、チャレンジしようと訴えました。登場したのがOS10。ウインドウズは日本語版、ドイツ語版を別々に作った。アップルは最初から7つの言語をカバーしました。OS自体がグローバルになったんです。初めて会ったとき、スティーブとはそんな話をしました。
-最初の印象はどうでした。
 図抜けて頭のいい人。単純な頭の良さでなくて、スマートな人でしたね。とにかく理解力がすごい。
 半年後、スティーブから日本の立て直しを命じられました。最大の市場だったにもかかわらず、大赤字だった。これを3四半期で黒字化しなさいと。
―どう打開されたのでしょう。
 現場をみようと、販売店に行ってみて気付きました。販売店に払っているマージンが製造原価よりもはるかに高かったのです。これを打破するしかないと、作戦を立てた。そして、大改革を断行したのです。初代「iMac(アイマック)」です。1998年8月19日に発売しましたが、実は5月に発表しているんです。
―タイムラグがありますね。
 その間は販売店とケンカ。25%から35%だったマージンを全部11%にしようとしたので。同時に当時、3600店あったのを98店舗にする。社内では賛成者は一人もいない。USAの幹部とも電話会議で話したが、みな「クレイジーだ」と。
 だが、スティーブだけは違った。「I have a bunch of question(たくさん質問がある)」と聞いてきた。30分ほど質問に答えたら、スティーブが幹部を説得してくれた。そして、「FukudaさんGo」だと。それで実行しました.


米国を代表するカリスマ経営者
【スティーブ・ジョブズ】アップルの創設者の1人。NeXT(ネクスト)も創業、ピクサー・アニメーション・スタジオのCEOも務めたカリスマ経営者。アップルでは1度失脚するも復活、巨大企業に育てた。2011年10月、56歳で亡くなる。

福田尚久(ふくだ・なおひさ)

1962年7月、吉岡町生まれ。前橋高―東京大文学部卒。米ダートマス大経営大学院(MBA)修了。アップル本社で副社長に就任、スティーブ・ジョブズを支える。2002年、日本通信に入社、15年から社長。今年4月、前橋工科大理事長に就任する。

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