【聞きたい福田さん2】
「めぶく。」前橋に注目、民間企業が続々参加

前橋市が推進するスーパーシティ構想で、計画の統括者「アーキテクト」を務める福田尚久さん。アップルでは副社長となり、スティーブ・ジョブスとともに巨大企業に成長させた。日本通信の社長であり、今年4月から前橋工科大理事長の肩書が加わった。4つの顔を持つ男が故郷の明日を劇的に変える。

「二十五人衆」のDNA、時を超えて
全国断トツ、159の連携事業者

―前橋市のスーパーシティ構想には民間人が積極的にかかわってきましたね。
 山本市長も熱意を持ってやってきた。でも、ジンズの田中仁社長をはじめ民間主導で動いてきたことが前橋の最大の特徴ですね。普通は首長が「やろう」と言って、みんなを引っ張っていく。行政主導だ。前橋は逆なんです。民間が盛り上げていき、市を巻き込んでいった。圧倒的に他と違う。
 これはすごく大事なことで、なぜかというと行政主導は継続性がない。首長が変わったら止まってしまう恐れもある。民間が主導してきたから進みます。
―スーパーシティ構想には159もの連携事業者が認定されました。
 全国で圧倒的にトップです。比較にならないほど。そのうち7割が東京など大都市、地元は3割です。みんなでやることが大事。みんなでやらないと変わらないですよ、街は。市役所や少数の人がやっていたら、「何かやっているね」で終わっちゃう。
 日本通信も前橋市に20~30人の社員を送り込みます。そうでなければできないですから。うちだけじゃない。東京にある多くの企業がここにオフィスを構えることになるでしょう。
―どうして、こんなに多くの事業者が集まったのでしょう。
 まさに、「めぶく。」という2016年に策定されたビジョンに始まって、街づくりが着々と進行していますよという、波動を感じたからです。「前橋おもしろいぞ」「前橋動くぞ」と。勝ち馬に乗るというのもありますね。
 お祭りみたいなものかな。お祭りやるよ、と声掛けたら、みんなが集まってきた。街づくりが現在進行形、動いているから集まってきました。他の都市はゼロからのスタートが多いですからね。
 申請は全国で31でしたが、もともとは100以上あるといわれていた。準備が間に合わなかったか、無理だと判断したか。最後に我々も生みの苦しみを経験した。何度も会議を重ねて、スタッフは徹夜続き。それを思うと、逆によく31も手を挙げたなと。
-明治期に「前橋の二十五人衆」と呼ばれた経済人がいました。「前橋を関東一の都市にしよう」と県庁の前橋移転や鉄道延伸に尽力されましたね。
 そうです。前橋にはそんな歴史がある。生糸で財を成した経済人が地域のために私財を投げ出した。私の祖父も生糸で成功し、若宮小学校にプールを寄贈している。それまで桃ノ木川で泳いでいて溺れて亡くなった子供がいたので、かわいそうだと。
 生糸で栄えたころからのDNAとか歴史が脈々と残っていて、世代を超えて発芽、芽吹いているのだと思います。最初は田中さん。でも、1人じゃできない。2人、3人と集まってきて、いろいろな人のパッションの塊が波動をどんどん大きくした。下手をすると波と波がぶつかり合って打ち消してしまうこともあるけど、前橋はいろいろな波をうまくシンクロさせて巨大なものにした。「めぶく。」というビジョンが指揮者の役割を果たしたわけです。


▲初代・前橋市長の下村善太郎。
市役所前に銅像が建つ
県庁誘致、鉄道延伸に尽力【前橋の二十五人衆】後に初代市長となる下村善太郎をはじめとする明治の経済人。生糸関係が多い。「前橋を関東一の都市にしよう」と誓い、県庁の前橋移転に多額の私財を投じた。鉄道の延伸、臨江閣の建設にも進んで資金を寄せ、繁栄の礎を築いた。

福田尚久(ふくだ・なおひさ)

1962年7月、吉岡町生まれ。前橋高―東京大文学部卒。米ダートマス大経営大学院(MBA)修了。アップル本社で副社長に就任、スティーブ・ジョブズを支える。2002年、日本通信に入社、15年から社長。今年4月、前橋工科大理事長に就任する。

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